焼けと机と室と。 Something for...2


〜NAO's blog〜
 ■小槙さんと輝晃くんの、結婚話・秋■
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「小槙もやっぱり、不安やのねえ……ふふ」
「………」
 無口な父が、娘の落ちこんだ様子を気遣わしげに見ていた顔を持ち上げ、お気楽に面白がるような母に目だけで抗議した。
「あー、あいつからの連絡が最近、ないんやろう? そのせいちゃうか?」
 警察の寮から妹の結婚式のために、一時戻ってきた兄が明解な答えを導く。
 それは、本人でさえ気づいていない 本当の 理由だろう。
「そうねえ、仕事が忙しそうやもんねえ……彼」
 花嫁である娘よりも、花婿のスケジュールを把握している口ぶりで母は頷いて、「まあ、平気やわ」とあっけらかんと言い切った。

「もう、式は明日やし。明日には と直接話せるんやから」

 そんな 簡単 なものだろうか、と男二人は疑問に思うものの……女性である 母親 がそう言うのだから そう なのだろうと不可解ながらも口には出さなかった。



〜 Something for...2 〜


 午後からの式よりも、ずっと早くに会場入りした新婦は式の始まる二時間前にはすでにほぼ衣装と化粧の準備を終えていた。
 しかし。
 仕事の忙しいらしい新郎は、会場入りが遅れているらしく周囲がさすがに慌しくなってくる。
 俳優業で多忙な「八縞ヒカル」こと馳輝晃が、時間通りにやってくるとはもちろん誰も考えていなかった。が、一時間前になっても、連絡さえ取れないというのはどういうことか。
 待たされる花嫁の親族は気が気ではなかった。
 まさか、すっぽかされるなんて事態があってはならない。特に、女性にとってどれほどの醜聞になるか……と、遠巻きに真っ白なウェディングドレスを着た小槙を眺めやる。
 唯一の救いは、招待客が身内と近しい友人だけで構成されている、ということ くらい だと彼らは同情した。


「……輝くん、まだ来てへんの?」

 鏡面の前で椅子に座る小槙が訊くと、母親が困ったようにセットをした娘の頭を手直しして頷いた。
「そうなんよ、きっと、もうすぐ連絡が入るわよ」
 と、比較的楽観的に答える。
「うん……」
 小槙も頷いて、大丈夫と小さく言い聞かせた。
(輝くんは、そういう人やない……)
 ぎゅっ、と膝の上で握った手袋をつけていない手を握る。
 鏡に映る自分を見ると、普段よりもずっと可愛い顔をしていた。あまり色の鮮やかな口紅をつけたことがなかった唇に、鮮やかな赤の紅がのっている。下地からしっかりとつくり、ファンデーションで整えた肌はきめ細かく、うっすらと頬紅に彩られて華やかだ。
 結い上げられた黒髪には、白いレースと花、ところどころに淡いピンクとブルーの小さな花をあしらった髪飾りが固定されている。
 彼がいつも目にしている女優やアイドルに比べれば、相手にもならない。その程度。
 それでも、小槙にとっては驚くような変貌だった。
 式場自体は彼が選んだものだが、ドレスは彼女の意思が尊重されている。
 昨今、ウェディングドレスにもいろいろなスタイルが流行っているが、小槙が選んだのは腰のあたりからドレープをあしらったオーソドックスな形で、華美な装飾のないシンプルなデザインのものだ。
(こんなん……見たら、どう言うかな?)
 口の上手い彼のことだから、「キレイや」って簡単に褒めてくれるにちがいないけれど。
 そう考えると、(見て欲しかったな)と心から願う。

(仕事やったら、仕方ないけど……)

 もともと、厳しいスケジュールの中から八縞ヒカルのマネージャーである野田が、無理をして調整したのだろうと思っていたのでこういうことも、あるだろうと考えていた。



 式の始まる三十分前になって、そろそろ式の中止も考えねばならなくなった頃……小槙の携帯に電話が入った。
『悪い、小槙……もうすぐ、着く』
「輝くん」
 呆然と、小槙は呟いた。電話の向こうで、輝晃も彼女の様子を訝ったのか『どないした? なんかあった?』と訊いてくる。
 首を振って、答える。
「ちゃう。声聞くの、久しぶりやなあと思うて……遅れてもええよ。来てくれるんやったら、それだけで ええ ねん」
『ああ、それか。ごめん……でも、心外やなあ』
 と、輝晃は不本意だと声だけで彼女に言った。
『俺ってそんなに 信用 ないんや、小槙との結婚式に出ぇへんやなんて ありえ へん』
「……うん。ありがとう」
 泣きそうになって、慌てて小槙は涙腺に力をこめた。
 せっかくキレイにしてもらった化粧がとれてしまっては もったいない 。
 まだ、彼にも見せていないのに……と、必死にこらえた。


 >>>つづきます。


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