控え室の扉を開けてようやくやってきた新郎に、鏡の前に座っていた小槙は立って出迎えた。
すでに、式まで二十分くらいしか時間はない。用意のほとんどを終えた新婦姿の彼女は、ベールの間から彼の姿を見つめて(ずるい)と思う。
今、式場入りしたばかりの輝晃は新郎の準備らしい準備もしていないハズなのに、華があってそこに立っているだけで人の目を惹く……そういう 存在 だった。
昔から。
〜 Something for...3 〜
「 馳、くん 」
つい洩らした名前は、彼に憧れていただけの頃に呼んでいた呼び名。
小槙の発したそれに首を傾けて近づくと、輝晃は彼女のベールに触れた。
「懐かしい呼び方やな……「仁道」。キレイやん」
くすり、と笑ったその顔が眩しくて、どうしたらいいか分からなくなった。頬が熱くなる。
彼に触れられる、その場所がまるで灯るように反応していく。
「そう、やろか?」
と、どうにか口にして、固まる。
「小槙?」
顎を持ち上げられた彼女が、真っ赤になって硬直するのを不審に思って、輝晃は眉を寄せた。
「なんか、変やな。緊張する」
「……ご、ごめん……なさい」
「や。謝らんでええけど」
昔、見せたような気遣うような笑顔を小槙に見せて、輝晃は彼女から離れた。
(ホンマに、変や。わたし……)
と、両手で両の火照る頬を挟んで、小槙は困惑した。
彼に見られているというだけでドキドキして、触れられれば何も考えられなくなる。
この状態で、彼にキスをされたらどうなるのか……と考えただけで 沸騰 しそうだった。
しかし。
誓いのキスは、式の中に組みこまれていて回避しようがない。
開かれた大きな扉。
まっすぐに敷かれた赤いバージンロードを父親と歩いて、その先で待つ彼と目が合って、差し出される手の指先に触れ……パチン、と弾ける残像にハッと息を呑む。
(あかん、また変なこと想像してしもた)
父親が小槙の様子を黙って心配そうに眺めるのを、首を振って「平気や」と笑ってみせる。
そう、不安になることばかりだった……それでも、彼といたいと強く願う心に背中を押されて、ここまでやってきたのだ。
「お父さん、今までありがとう。わたし、幸せになるから……大丈夫やよ」
腕を絡める娘に、そう淡く微笑まれて口数の少ない父親は「ああ、うん」と思わず涙目になった。
*** ***
現実の結婚式は、弾けて消えるなんてことは(当たり前のことだが)なく、すべてが滞りなく順風満帆に進められて、お開きになるまで 初々しい 二人の姿はじつに微笑ましかった。
特に、――誓いのキスの時が一番の 好シーン であろう。
触れるだけの短い キス〔もの〕 だったにも関わらず、彼女はまるで初めて交わすように恥ずかしがって、普段女性の扱いには長けているハズの 彼 がひどく躊躇っていた。
招待客の多くのカメラに収められた一枚、である。
>>>おわり。
Something for...2 <・・・ Something for...3
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