ドラマの撮影を終え、テレビ局から出た八縞ヒカルを報道陣や出待ちのファンが取り囲んだ。
いくつも焚かれるフラッシュや突きつけられるマイク、質問も無視してまっすぐに待機している車に向かい、応援や悲鳴のような要求をするファンにはサングラスを外して笑顔のサービスを向ける。
キャー、と一際高い歓声が上がって、彼の乗りこんだ車の扉が閉まった。
〜 blog5‐3 〜
「はぁ」
窓の景色が走り出すとヒカルは息をつく。
「いつまで追っかけ回すつもりなんだ? アイツら」
少々呆れ気味の彼に、マネージャーは慰めるように微笑んだ。
「それだけ注目されているということですよ、いいことじゃないですか」
「俺からすれば余計なお世話だけど……別れろとかいつからだとか……野田さん、小槙はホテルに戻ってる?」
彼の心配事は、彼女の身の安全だけだった。
「ええ、連絡が入ってました。仕事の方は、しばらく謹慎という形になるらしいですよ」
「そう」
仕事柄、小槙との付き合いを公表すれば、一般人の彼女に迷惑をかけるのは知っていた。追うな、と言っても記者は彼女を調べるだろうし、周囲にだって害が及ぶ。
彼女の仕事にも当然、影響が出るだろう。
『 辞めようと思うてる 』
ベッドの上に正座して、膝をつきあわせた彼女が言った言葉。
昨夜の小槙の顔を思い出して、「悪いことをした」自覚はあるが引き下がるつもりもない。
(謹慎かあ……引き止められたんか。まあ、そんなトコやろな)
ホッとする反面、残念な気持ちもある。
彼女を独占したいのは、昔から変わらない。
(それに。そうなれば、小槙もええ加減覚悟を決めるやろ)
などと、本人が聞けば怒りそうなことを普通に考えた。
*** ***
都内のホテルの地下駐車場に入ると、野田は後部座席のヒカルをバックミラーで確認した。
「仁道弁護士に連絡ですか?」
「そ。今、着いたって……新婚みたいでいいだろ? やってみたかったんだ」
弾むような声で、素で惚気〔のろけ〕られては笑うしかない。
「それでは、明日また迎えに上がります」
「へいへい」
肩をすくめて、ヒカルは手を上げた。
「気をつけてくださいよ。ヒカル……貴方のファンには 過激 な方もいらっしゃるんですから」
「 わかってるよ 」
ふっと溶けるように微笑んで、真剣な面持ちで頷いた。
「………」
野田の車が去ったあと、薄暗い駐車場に人影があるのを輝晃は見つけた。
「ヒカルくん、待ってたの……」
手には、物騒な銀色に閃くモノを持っていて目は空ろだ。
「だれ?」
一応、訊いてみる。
「ひどい。いつも笑いかけてくれるのに……知らないなんて。どうして? 好きだって言ってくれたじゃない!」
「………」
ボロボロに泣いて訴える彼女を、輝晃はうっとうしいと思いながら、憎むことはできなかった。
その気持ちを煽っているのは、こちら側なのだから――。
「わたしは、別れない! ほかに好きな子ができたって!!」
「……ごめん。君を傷つけて……でも、俺は「八縞ヒカル〔君の恋人〕」を演じられても、君の恋人にはなれないんだ」
一歩、輝晃が近づくと、彼女は一歩引いた。
「 嘘よ! 」
「嘘じゃない」
「 イヤ! しんじない!! あきらめないっ 」
ぶんぶんと頭を振って髪を振り乱した彼女は、キッと輝晃を睨んだ。
その口が「 うそつき 」とかたどる。
そうして、 響いた 声は 最悪 のものだった。
(小槙――?)
駐車場に現れた気配に、輝晃は( 来るな )と願う。
しかし。
「輝くーん」
ホテルの出入口付近の明るい場所から聞こえてくる声は、段々と近づいてすぐそばまでやってくると顔を覗かせた。
「あれ? あ――」
車の間から小槙は輝晃に気づいて頬を緩め、二メートルほど離れたところで対峙する存在に首を傾げる。
「え?」
「あなたね。あなたがヒカルくんを――」
激しい憎悪をぶつけられ小槙は、立ち尽くした。
突進してくる彼女に、輝晃が立ちはだかる。
「輝晃くん!」
小槙が叫んだ。
脇腹のあたりをかすめたナイフを素早く避けて、輝晃は女の手をとった。
「はなして! イタイ、痛いっ」
「痛い、じゃねぇよ!」
顔をしかめ、輝晃は女からナイフを奪って脇腹を押さえた。
服が破れ、鮮血が滲んでいる。
次第に脂汗が噴き出して、痛みが意識をそいでいく。
「キャッ!」
と、血に悲鳴を上げる勘違いのファンに(キャッじゃねぇよ……)と悪態をついて、駆け寄ってきた小槙の胸に寄りかかる。
やわらかい感触。
「痛ぇ……」
名前を呼ぶ小槙の声に慰められ、ギュッと彼女を抱きしめた。
>>>つづきます。
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