焼けと机と室と。 blog4-4


〜NAO's blog〜
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 彼女の中に精を吐き出すのは、気持ちいい行為だ。
 行儀よく後片付けをして、輝晃はふと薄ぼんやりと目を開けるうつ伏せの裸の小槙と目が合う。
 小槙は微笑んで、輝晃の見ている前で自分の首にかかったプラチナの指輪をチェーンから外して、左手の薬指にはめた。
 信じられなかった。
 輝晃はだから、訊いていた。
「 本気? 」
「うん。輝晃くんのお嫁さんにしてください」
 と、小槙は 確かに 頷いた。



〜 エピローグ 〜


 ほんの少し、勢いだった。
 小槙は自分の指にはまった指輪を眺めて、今更ながらに「言ってしまった」ことに叫び出したい衝動を覚える。
 頬が熱くなる。
 口にしたのは勢いだったが、気持ちは嘘ではない。

 眠る輝晃の整った横顔を眺めて、彼を誰にも渡したくないと思う。

(わたしって、独占欲が強いんやろか……)
 小槙は自分でも知らなかった気持ちに気づいて、もてあます。たとえ、マスコミの作った偽者の相手でも自分ではない誰かの名前が並ぶのは、胸が黒い何かで覆われるみたいにモヤモヤする。
 輝晃の口から自分の名前が出ないのは、小槙がそう頼んでいるせいなのに……どうして言ってくれないのだろう、と自分勝手に考え自己嫌悪に陥ったり、馬鹿なことを考えないために仕事に没頭したり。
「それじゃ、あかんよね」
 と、小槙はまだ起きそうにない輝晃の頬にキスを落として、立ち上がる。
 昨日の夜に脱ぎ散らかした服と下着を拾い上げて、輝晃のマンションに置いている替えの服と下着を取り出した。
 下着を素早く身につけて、脱衣所に向かう。
 身支度を整えた小槙は、キッチンを借りてコーヒーを淹れ食パンをトースターにセットした。



 ベーコンの焼けるパチパチという音と、卵が上に乗ったジュッという音が響き、食欲をそそる香りがのぼって……眠る輝晃を覚醒させた。
 くわっ、と欠伸をして、トラ縞の子猫と並ぶ。

「 おはよ 」

 キッチンの入り口に手をかけて、 彼 は朝食の準備をする 彼女 の背中に声をかけた。


*** ***


 小槙に見送られたヒカルが、上機嫌なのをマネージャーの野田はいつもと同じような気がしながら、どこか違うと感じて訊いてみた。
「何か、ありましたか?」
「 ヒミツ 」
 意味深に唇の端を上げる彼は、やはりご機嫌で野田の遠慮のない視線にも気分を害することがなかった。
「嫌な予感がします」
 キリキリと胃が締めつけられる感じがして、野田は首を振る。
「あんまり無茶はしないでくださいね、ヒカル」
 というか、最初に 相談 してください……と野田は結構、切実にお願いした。
 ヒカルは驚いたように目を瞠り、笑った。
「そうだね。そのうち言うけど……しばらくは、大人しくしているよ」
 と、野田からすれば空恐ろしいようなことを言って、彼は車から窓の外を眺めた。



 「いずみ弁護士事務所」に入った小槙は、早速事務官の真城から昨日の目撃証言の詳細を聞いた。
「――事故当時、気が動転してしまって通報もせずに逃げ帰り、気になって戻ったら警察に尋問を受けたそうです。その時、つい「見てない」と証言してしまったそうで、あとからは言い出せなくなった……と」
「そう」
 小槙は神妙に頷いて、「ありがとう」と資料を受け取った。
 ゴソゴソ、と鞄を探って朝の準備をしていると……見覚えのない紙を見つけて、取り出す。
「なんやろ?」
 二つに折られたそれを、ぴらっと開いて――。
「仁道くん」
 と、声をかけられ小槙は「ひやっ」と叫びそうになった。
「ボ、ボス。おはようございます。昨日は勝手をしまして……申し訳ありませんでした」
 立ち上がって、深々と頭を下げる。
 その小槙の顔は真っ赤だった。
 ボスは笑って、そんな彼女を見守った。
「随分と顔色がよくなったじゃないか。流石に昨夜〔ゆうべ〕はよく眠れたのだろうね?」
「はっ。……いえ、あの。ありがとうございます」
 なんと答えていいか、小槙は考えあぐねて結局よく分からないまま返事をする。
 場合によっては、セクハラだと訴えられそうなものだが……泉は父親のように小槙を見下ろして、彼女の机の上にある紙切れに目を止める。
「それは?」
「わっ! な、なんでもないです。気にしないでください」
 慌てた小槙は紙切れを手に隠すと、笑って誤魔化した。
(輝くんのアホ! 何、書いとんねんっ)

 それは、昨日の夜。
 輝晃に聞きだされてしまったもう一つの秘密だった。
 病院の廊下で高見祐介が小槙に言ったのは、「胸ないって言ったのはウソ。弁護士さん結構スタイルいいから、自信もっていいよ」という言葉。

『 スタイルのいい弁護士さん、頑張りや 』
 輝晃の走り書きに似たクセのある字で書かれたそれに、小槙は火が噴く思いだった。
 けれども、彼らしいと言えば彼らしいので怒りはそれほど続かなかった。
( それよりも―― )
 と、小槙は出際の輝晃の様子の方が段々気がかりになってきた。
 あのさわやかで……企むような、女性を虜にする微笑み。
(やっぱり、心配かも。輝くんって、……)
 そう。
 良くも悪くも、小槙の想像の範疇を超えた 存在 だから。


*** ***


 小槙の心配は、数日後来た電話で的中する。
『 どういうことなんやっ?! 小槙 』
 生まれてこのかた、兄からこんなふうに怒鳴られたことがなかった小槙は、続いた言葉に愕然とすることになる。


 >>>おわり。


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