『 どういうことなんやっ?! 小槙 』
突然かかってきた電話から繰り出された怒声に、仁道小槙〔にどう こまき〕は「え?」と何がなんだか分からなかった。
生まれてこのかた、兄のこのような怒りを買った覚えはない。
(わたし、なんかやった?!)
『馳〔はせ〕、っていう男から家に電話があった。年末におまえとの結婚のためにうちに 挨拶 に来る言うとる……どういうことや? おまえから俺はなんも聞いてへんけど』
〜 ファミリーインパクト 〜
最初よりは、静かな口調で仁道旭〔にどう あさひ〕の声は響く。
しかし、小槙は逆に平静を保っていられなくなる。兄から伝えられた、その 事実 に――。
「し、知らん。知らん……そんなん、わたしかて聞いてへん」
『は? どういうことや。その馳ってヤツのデタラメか? 付き合〔お〕うてるワケでもないんやったら、警察沙汰やぞ』
「ちゃう、ちゃうから!」
警察官の兄の言葉に、早合点されては大事〔おおごと〕だと小槙は慌てて否定をして……モゴモゴと明かした。
「馳……くんとは付き合うてるねん。結婚の約束もしてる……でも」
挨拶の話は知らん、となんとなく気恥ずかしくなった。
(輝くん、わたしの知らんところでまた……何してんねん……)
ふーん、とやはりまだ不機嫌そうな兄の声に傍にはいない彼を想い、こんな勝手なことをする人だけど、やはり嫌いにはなれなかった。
「お兄ちゃん、馳くん……年末に行くって言ってたん?」
『そうや。小槙、おまえ付き合うてるヤツがいるやなんてどういうことやねん? 初耳や』
呆れたような兄の声。
「う。ご、ごめんなさい。言いそびれてて……」
相手・馳輝晃〔はせ てるあき〕が、芸能人の「 八縞ヒカル 」だったから……とは、言い出せなかった。
『しかも、結婚の約束やなんて……ビックリや。そんな重大な話、家族に 一言の 相談もせえへんやなんて 水臭い やないか』
はー、と深い息をつかれて、小槙は身を小さくする。
『年末前に一度、大阪に帰ってこい』
「……はい」
年の離れた兄の強い言葉に頷き、小槙はやはり、まだ 隠していること があるとは言えずに電話を切った。
*** ***
仁道家、お茶の間。
のんびりした父、おっとりとした母のどうしたものか……という困惑した表情に、身を小さくした小槙がすまなそうに目線を泳がせた。
「小槙」
「はい」
背後に仁王立ちした父親よりも父らしい兄・旭の厳しい声に、小槙はか細く答えた。
「馳、ってヤツとは、東京で会ったんか?」
「そう……かなあ。えーっと、仕事で?」
しどろもどろで曖昧に答える妹に、旭はさらに疑惑を抱いた。元来、隠し事の出来ないタチの妹だから、信用しているのだ。
その彼女が、必死に隠そうとしている相手とは……よほどのことがあるのだろうか?
(胡散臭い……)と、眉間に皺を寄せて、腕組みしたまま唸る。
「小槙、嘘はきかん。東京のヤツやないんやな……てーことは、コッチのヤツか?」
「そうとも言う、っていうか。……クラスメートやってん。高校まで」
ついに、小槙は観念してうなだれる。
「馳輝晃くん言うて……高校二年の時に転校していった人やねん。たまたま仕事のクライアントやって」
「なるほどな」
と、旭はようやく合点がいった。
どちらかと言うと人見知りの強い妹が、向こうで恋人をつくるとは思わなかった。元々、こちらで知り合っていた同郷の人間なら、まだ考えられる。
それでも。
(小槙のガードはかたいからなあ……そうそう、うちとけへんやろうし……)
再会した同郷のよしみ、とは言え、結婚の約束まで持っていくとは……なかなかの相手だと思う。旭は基本的に、妹のことを信頼している。
慎重な妹が決めた相手なら、反対はしないつもりだ。
(なんの連絡もナシに男から電話があったから――ちょっとイジメとこうと思ただけやし)
ニヤニヤ。
口の端を気味悪く曲げた兄の顔を、ビクビクと背中を向けていた 妹 は見ることができなかった。
「 馳? 」
しばらく考えこんでいた母が、途端、理解したように頷いた。
「馳って、あの馳さんのところの男の子? 小学生の頃、お母さんが離婚して大変そうやったけど」
「う、うん。そう」
こくこく、と小槙は頷いて、ドギマギした。
「あら? でも、あそこの息子さんって確か……」
パチリ、と母親と目と目が合って、真っ赤になる。
母親同士の間では、きっと有名な話なのだろう。
「まあ! まあ! まあ!!」
大きな声を出して、普段はおっとりしている母親は、パンと手を合わせた。
「どうして、それを早く言わんの! アホやねえ。テレビ、来ちゃったら困るやない」
困る、とのたまいながらウキウキと腰を浮かせた彼女は、申し訳なさそうに縮こまっている娘にポンと手を乗せ……「しゃあないねえ」と同情した。
「それじゃあ、 口 にでけへんワケやわ」
「どういう意味やねん、お袋」
大きな息子の問いに、母はくすくすと笑って「許したり」と小槙をかばった。
「 この子の相手って、あの 八縞ヒカル よ。二人とも知ってるやろ? 今、人気の俳優さん 」
ポカン、となった仁道家男性陣の中、小槙の母だけが嬉しそうに「お義母〔かあ〕さん、やなんて呼ばれてしもたらどないしよ」などと浮かれて年末までの計画を指折り数えていた。
>>>おわり。
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