「お父さんは、信号無視なんかしない。アイツがウソを言ってるんだっ!」
険しい表情で泉と小槙を睨みつけると、祐介はプイッと顔をそらす。
「アンタたちだって、ホントはお父さんがお酒飲んでたから信号無視したって思ってるんだろ? お父さんはだらしないけど……お母さんともうまくいかなかったけど……そんなことはしないんだ」
泉は困ったように小槙と顔を見合わせた。
「祐介くん」
小槙はしゃがむと、ふるえる男の子の肩を優しく抱いた。
「ボスもわたしも、祐介くんのお父さんが信号無視をしたって思ってないよ? だって、祐介くんみたいな大事な子どもがいるんだもん……危ないことするわけない。近所の人だって、ちゃんと言ってくれてるよ……お父さんはだらしないけど、すっごく慎重な運転をする人だって。だから、祐介くんも信じて」
「……信じるって? ぼくは お父さん を信じてる」
ムッ、口を曲げた彼が不服そうに小槙を見た。
「うん。だからね、お父さんと同じくらいに わたしたち も信じて」
〜 blog4‐1 〜
「………」
ジッ、と小槙を見据えた子どもの目に、懐かしい気持ちになる。
(そういえば、輝くんとはじめて会ったんは……こんな頃やったなあ)
不謹慎だとは思ったが、少年の面影に小槙は輝晃を重ねてしまった。
「 わたし、頑張るから 」
「 バーカ 」
ブース、と続けざまに悪態をついた祐介は、むにっと掴んだ。
何をって……。
「ひゃっ!」
胸を思いっきり。
(び、びっくりした……)
と、まずは声にならない。
「なーんだ、お母さんより全然小さいや。弁護士さんってスタイルのいい女の人がなるんだと思ってた」
床に手をついた小槙は呆然として、「そんなんやったら職替えや」とアッカンベーと舌を出す祐介に真っ赤になった顔で答える。
答えとして、それはどうだろうか?
間違えている気がしないでもない。
*** ***
数日後。
容態の安定した、健介は意識は取り戻していなかったが面会謝絶だけは外された。
現場周辺の聞き込みは引き続き警察も行っているようだったが、思わしい目撃証言を得ることはできなかった。
「あ。ボス」
事務所の扉で病院から戻ってきた所長と、出かけるところだった小槙が出会った。
「仁道くん、また例の聞き込みか? 補助に真城〔ましろ〕くんでも連れて行けばいいのに」
事務官の同行を勧めるが、
「いえ」
もごもごと口ごもって、小槙は首を振った。
ここ数日、彼女はこんなふうだった。
「約束したのはわたしですし……真城さんは他にも仕事がありますから」
「そうか」
泉は頑なな彼女に手を伸ばし、肩を叩く。
「まあ、頑張れ。私たちにできるのはそれくらいだしな」
「はい」
自分たちに有利な証言者が出てくるとは限らない。榊真人が嘘の証言をしている(少なくとも、都合の悪いことを隠している)可能性はあるが、また真実を話してないと断定できるほどの材料があるワケでもなかった。
徒労に終わることも、覚悟しなくてはならないだろう。
それでも、クライアントのためにできる限りの弁護をほどこす材料を集めるのが、自分たちにできる唯一の仕事だった。
「仁道くんにとっては、「クライアント」というよりはあの少年のため……のようだがな」
弁護士という商売をするには優しすぎる きらい のある小槙が、泉には娘のようであり、また上司としては心配なところでもあった。優しいだけでは、弁護はできない。
(大丈夫だとは思うが……)
階段を下りていく小槙のまっすぐに伸びた背中を見送って、泉は事務所の扉をくぐった。
秋の日差しはあたたかく、風は乾燥していてさわやかだった。
電車を降り、事故のあった現場へと足を運ぶ。
駅から、遠くはないが……少し歩かねばならない。事故現場には現在、警察が事故の情報提供を呼びかける看板が立てかけられている。白地の鉄板に黒字、ところどころに赤い文字列が並ぶ……よく見る文面だ。
小槙はいつも、まずそこに立ち寄って手を合わせる。
この事故では、一人亡くなっている。自分の探している証拠は、その人を安らかに眠らせるためのもの――。
都合のいい、証拠ではない。
気持ちのいい風に吹かれ、小槙は道の向こうに小さな影を見つけた。
電信柱から、事故現場のT字交差点をうかがう姿は紛れもなく彼女の知る 少年 のものだった。
>>>つづきます。
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