「フリーライター」という肩書きの名刺を差し出した坂上学は、テレビ局の食堂でヒカルに対面すると懐かしい眼差しに苦笑した。
「変わらないねえ、君も」
「何が、ですか?」
剣呑に言うヒカルに、学はいやいやと言葉を濁す。
大して美味しくないコーヒーに口をつけて、冷ややかな態度の若手俳優を観察した。
「小槙くんとは、仲直りしたかい?」
と、ストレートに訊いてみる。
「………」
チロリ、とヒカルは学を見返して、コーヒーを口にした。
「ああ、心配しなくていいよ。このネタを売るつもりはないから」
「べつに――」
売ってくれても構わない、とヒカルは思った。
近いうちに、「結婚」を公表するつもりなのだから。
ピン、と学は何かを察して切りこんできた。
「なんだい、何か企んでるね?」
小槙が「鋭い」と言ったのは、嘘ではないらしい……とヒカルは肩をすくめた。
(いや、「フリーライター」なら当然か?)
端〔はな〕から隠すつもりは、毛頭なかった。
「売っても構いませんよ? 近々、公表することになるでしょう」
「 なんやて? 」
学は言って、静かに微笑む八縞ヒカルに目を瞠〔みは〕る。
「結婚しますから」
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「おいおい」
と、学は呆然と呟いた。
呆れた、とばかりに深く椅子に背中を預ける。
「それは、賛成でけへんな……いや、邪魔をするつもりはないけどね」
キッ、と睨んできたヒカルに困惑して、続ける。
「彼女を大切に想うなら、やめたほうがいい」
あきらかに気分を害したらしいヒカルに、学は同情した。
「まあ、君がどうしてそういう心境になったのかは、分かるけど……相手があの 小槙君 だし、今回の報道となれば「不安」にもなるだろう、と思うよ」
まさか、そこに自分の存在が絡んでいようとは思っていない学は、のほほんと慰める。
「でもねえ、彼女には酷だよ。この世界は――」
「………」
それは、ヒカルだって感じている。しかし、小槙がヒカルの居る世界に対して逃げ腰だからこそ、いつそうなるかが不安なのだ。
それなら彼女の逃げ道を封鎖してしまいたいと願うのは、卑怯だろうか。
「君には、自信がないのかな?」
挑発的な物言いに、ムムッとヒカルは口元を引いた。
「彼女から、決めさせる自信。それがないようなら、――君たちの仲もそれまでってコトだよ」
立ち上がり、学は上手にヒカルの 負けず嫌い を刺激する落ち着いた微笑みを浮かべた。
*** ***
小槙の答えに、ムゥと輝晃はあきらかに拗ねた。
「なんで、あかんねん」
「そんな怒らんでもええやん……わたしかて、輝くんと結婚できたらいいなあって思うけど」
「だったらさあ、今、覚悟決めてくれてもいいと思うんやけど?」
ジト、とリビングのソファの上で胡坐〔あぐら〕をかいた彼は、背もたれに腕をかけて隣の小槙にしつこく迫る。
「う……でも、できたら波風があんまり立たんほうが嬉しいっていうか……せめて、輝くんの事務所や野田さんに迷惑がかからん時に――」
「そんなん気にせんでもええのに」
と、輝晃は簡単に言う。
「あかん、あかんで! 輝くんのこと大切にしてくれてる事務所やのに、そんなん 絶対 あかんねん」
力いっぱい説得する小槙に、「そんなモンかなあ」と輝晃はよく分からない顔をした。
はぁ、とそんな楽観的な彼に、彼女は悲観的な息をつく。
「だって。それで、もし……会うのを止められたらどうするん? 今は野田さんが協力してくれてるけど」
だからこそ、こんなにも容易に会う時間が作れるのだ。
「 心配性やなあ 」
と、輝晃は呆れた。
ムッ、と小槙はそんな彼を睨んで「輝くんが楽観的すぎるねん」と呟く。
「だからね、今はまだ「結婚」なんて考えられへん」
「ちぇ」と舌打ちして、輝晃は小槙を見下ろした。
「俺は、おまえが逃げへんか……ってコトの方が 心配 や」
「はあ? 逃げへんかって人のこと犬か猫みたいになんやねん」
小槙は眉を寄せて不快感を表す。
そんな彼女に構わず、輝晃は引き寄せた。
「だって、おまえ結構逃げ腰やん? 俺の居る世界に対して」
「そんなこと、あらへん」
キュッ、と彼の背中に廻した手の指に力をこめて、しがみつく。
「 逃げへんもん 」
「ホンマに?」
と、輝晃が疑わしいとからかうように訊〔たず〕ねるのを、小槙は心外そうに睨んだ。
「逃げへん」
再度、強く言い切って、小槙は驚く彼の唇に自分のそれを重ね、自分の意思で深くした。
>>>つづきます。
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