「関係者の方ですか?」
と、訊かれて、小槙は小さく首をふった。
何とか、花束だけでも直接渡せないかと思ったが、彼にはファンが多いらしく……警備も厳重だった。
「いえ。あの……花束を八縞ヒカルさんに渡していただけますか?」
「ええ、それは――」
警備の屈強そうな男性は、ほかのヒカルのファンとは毛色の違う小槙の態度に、不思議そうな顔をする。
確かに、小槙は俳優の追っかけをするようなタイプではない。
だからか、再度確認した。
「八縞ヒカル、でいいんですか?」
小槙がコクン、と頷くと「分かりました」と受け取ってくれる。
「すみません、お手間かけます」
ぺこり、と頭を下げる小槙に警備員もつられて頭を下げた。
「 仁道弁護士! 」
〜 エピローグ 〜
名前を呼ばれて、小槙はふり返り目を見開いた。
「野田さん」
ヒカルのマネージャーである野田が手をふって、小槙を手招きした。
「よかった、ヒカルの言う通りでしたね」
「え?」
と、首をかしげる小槙へ、くすりと笑った。
「あなたのことだから、きっと警備員に止められたら関係者と言わずに花だけ置いていくんじゃないかって」
「……はあ」
小槙は恥ずかしくて、真っ赤になった。
(何も、そんなこと当てんでもええのに)
「直接、渡してやってください。ヒカルが待ってますから」
そう言って、野田は小槙の用意した花を警備員から取り戻しに行った。
*** ***
控え室の集まった廊下を行くと、血糊のべったりついた役者や無造作に置かれた小道具で足の踏み場はわずかしかなかった。
一番、奥の控え室にはメインになる役者の名前が掲げられていて、その扉の周囲にはほかの控え室とは比べようもない華やかな花がたくさん並んでいた。
野田がノックしてヒカルを呼ぶと、「どうぞー」という複数の声がかかって、その中に亜矢子がいることに気づいて小槙は緊張した。
「ヒカル、仁道弁護士を見つけてきましたよ」
(見つけてきたって……なんや、犬か猫みたいやなあ。わたし)
と、小槙は困惑した。
「お邪魔します」
そろそろと入ると、いきなり抱擁された。
「小槙!」
ビックリして、小槙は彼を突き飛ばした。
「なっ、なにすんねん! いきなり」
今日は舞台ということもあり、眼鏡をかけた小槙はずれたそれを直しつつ、頬を染めた。
控え室の中には、予想通りの護衛女官役の亜矢子や、頭の切れる宦官役、お茶目な皇帝と若々しい皇后、無口な皇太子、それに小さな皇女〔ひめ〕がくだけた様子でそれぞれに座ったり、立ったりしていた。
刺客役のヒカルは、「いてー」と大袈裟に顔をしかめる。
「俺と小槙の仲やん」
カッ、と小槙は動揺した。
「ど、どういう意味やねん!」
「そりゃあ、もちろん――」
( 何言うねん何言うねん何言うねーん! )
うわー! と小槙は彼に抱きつく。
が。
「 幼馴染や 」
ご満悦のヒカルに シッカリ と抱きとめられた小槙は、悔しくて仕方ない。
ガクッ、と肩を落として、さめざめと言った。
「騙された……また、騙されてしもうた」
落ちこむ彼女を半ば放置して、ヒカルは笑うみんなに向き直って改めて紹介した。
「仁道小槙弁護士、俺の小・中・高と同じだった幼馴染です」
「ほう、なるほど」
「小・中・高とは、なかなか年季が入ってますねえ」
「いやいや、仲がいいワケだよ」
「あら? 高校って言ったら……亜矢子さんもお知り合い?」
「ええ、まあ。わたしは一学年上ですから、部活が違うと接点はあまりありませんでしたけど」
「ハルヒーハルヒー、わたしもだっこー」と小さな皇女にせがませて、ヒカルは少女を抱き上げて「仁道は観劇が趣味なんですよ」といい加減なことを言った。
そして、不思議そうに訊く。
「そーいや、今日は俺のこと睨んでなかった?」
「なっ?!」
(なんで、そないなこと知ってるん?)
ビックリして、思わず 思いっきり 否定した。
「睨んでへんよ、今日は久しぶりに眼鏡にしたから度が合ってなかったんちゃう?」
「ふーん、そうか?」
そうそう、と笑って誤魔化し、小槙はドギマギする。
「にしても、そんなこと舞台から分かるん? 確かにいい席やったけど」
「そら、分かるよ。仁道が来るの知ってたし」
それに、とヒカルは懐かしそうに小槙の眼鏡に触れた。
「それに、舞台の上からは案外いろんなモノが見えるんや」
高校時代の演劇部定期公演、体育館の隅の立ち見席だったりもしたが……必ず小槙が観に来ていたことを輝晃は知っていた。
>>>その後へ、続いています。
blog2‐3 <・・・ blog2‐4 ・・・> blog2‐その後
|