焼けと机と室と。 blog2-その後


〜NAO's blog〜
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 舞台『月に棲む獣』の初日終了後。

 控え室で、共演者たちとの雑談に華が咲いたころ、仁道小槙は手に持ったままだったモノに今更ながらに気がついた。
「あ。せや、コレ……初日お祝いの花やねん。小さいけど、「頑張ってや」って気持ちをこめて」
 八縞ヒカルは受け取って、にっこりと微笑む。

「ありがとう」

「いいえ」
 頬を染めて、小槙は俯くと首をふった。
 その二人の顔を見れば、付き合ってる云々はともかく互いに想いあっているのは一目瞭然だった。
 ヒカルの目は、ほかの女の子を見るモノとは違って、格段に優しかったし。
 小槙は見るからに、そんな彼を意識して直視できないようだった。
「ヒカル、そんな目で見てやるな。撮られたら、すぐに週刊誌の餌食だぞ……」
 と、舞台の重鎮俳優である恰幅のいい、低いいい響きの声が忠告した。
 ヒカルは彼をふり返ると、スッと表情を消して言った。

「ええ――よそでは演じますから、ご心配なく」
 同じ微笑みなのに、まったく印象の違う微笑を浮かべて人差し指を唇に乗せると、その場にいた全員に 見事な 口止めを「お願い」した。



〜 2‐その後 〜


「 仁道さん 」

 下凪亜矢子に呼ばれて、小槙は「はい」と小さく答える。
 アレ以来、初めて顔を合わせる舞台女優はやはり華があって、小槙よりもはるかに輝晃に似合っていると思わせた。
 でも。
(せやけど、負けへん。この想いは――)
 小槙の決死の眼差しに苦笑を浮かべた美人は、「いやや」と可笑しそうに言った。
「そんな怖い顔せんといてよ……あんなん本気やない。輝晃があなたにベタ惚れなんは、フラれた時から――ううん」
 静かに首を振って、亜矢子は自嘲した。
「付き合う前から、知ってたわ」
 だから、わたしのことなんか気にすることない……と寂しそうに笑う。
「下凪先輩……」
 ファイティング・ポーズのまま、小槙はどう声をかければいいのか躊躇った。
「あの……先輩はまだ……輝くんのこと?」
「好きよ」
 キッパリ、と言い切って、でも潔い眼差しは小槙を優しく映していた。
「ずっと好きやった人やもの。でも、いいの」

 次に紡がれた言葉に小槙は愕然として、肩をふるわせた。

「信じられへん……」
 泣きそうになる小槙の肩を、気安く引き寄せたのは無口な皇太子役の嵯峨野義景〔さがの よしかげ〕という男。
「いやー、それにしても弁護士さんって、可愛いね。ヒカルが執着するのも分かるなあ……こう、俺色に染めたくなるっつーの? イマドキめずらしいくらい染まってないってカンジでさーしんせん新鮮。あれ? 肩ふるえてる? 抱きしめていい?」
 無口、という役柄は舞台の上だけのことらしく、普段はかなりの お調子者饒舌 らしかった。
 今にも抱きつきそうな義景を、背後から 誰か がはたく。
「あいてっ」
 ごん、といい音がした。
 後頭部を押さえて義景は振り向き、そこにあるヒカルの「ふざけんな」という麗しい顔に愛想笑いをした。
「 なんだって? 」
「ハハハ、冗談。冗談だよ……決まってるじゃないか。じゃ、仁道弁護士。またね」
 ヒラヒラ、と調子よく手を振って、去っていく男に輝晃は犬でも追い払うようにシッシッと手を払う。
 そして、小槙を向き直るとたじろいだ。
「どうした? 仁道」
 ジト、と据わった眼差しは完璧に怒っていると分かった。
 しかし。
「なんでもあらへん……そんなこと、分かってたし」
 小槙は心の内を素直には口にせず、プイとそっぽを向く。

「……なんでもあらへんって態度やないんやけど」

 原因不明の、彼女の頑〔かたく〕なな態度に困惑し、輝晃は途方に暮れた。



『 彼のハジメテは、わたしがもろうてしもうたし 』

 ペロリ、と舌を出すと、亜矢子は「これで チャラ にしたるわ」とへそを曲げた弁護士である彼女に、あの手この手で懐柔を試みる……到底、女の子のことで不自由をしたことがないような若手俳優の 彼 に背を向けた。


 >>>おわり。


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