焼けと机と室と。 blog2-1


〜NAO's blog〜
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 『月に棲む獣』の舞台練習の休憩時間、下凪亜矢子は八縞ヒカルこと馳輝晃に訊いた。
「このこと、彼女……気にしてなかった?」
「気にしてた」
 と、輝晃は笑った。
「でも、アイツはいつも 俺より 物分りがええからなあ」
 少し面白くなくて、輝晃は愚痴めいたことを口にして後悔する。
 小槙のそういう性格は輝晃もよく知っている。自分の我を押し通さない謙虚なトコロは、彼女のいいトコロであり……輝晃からすれば、もう少し我を忘れるくらいに好きなってほしいと思うトコロだった。
(俺が、小槙を好きなほどに――)
 そう思って、贅沢な今の自分に(あかんあかん)と心の中で謝った。
(小槙、ごめん。俺がワガママやねん……)
「なぁに? まだ「片想い」みたいな顔して、ふられそうなん?」
 むっ、と輝晃はおかしがる亜矢子を睨んで、「ちゃうわ」と即答した。
 縁起でもない、と思う。
「小槙は、俺を好きに決まっとる」
「何よ、ノロケ? いやや、やってられへんわ」

 ふん、と輝晃は鼻を鳴らして、
「 まあ、俺の方が数倍小槙を好きやけど 」
 と、皮肉げに笑った。



〜 blog2‐1 〜


 「いずみ弁護士事務所」にやってきた、クライアントを相談室に案内して……小槙は、目を見開いた。
 ツバの大きな帽子とサングラスを取ったスラリとした女性は、彼女の高校の演劇部の女部長だった先輩で、現在はアクションもこなす舞台女優として活躍している 下凪亜矢子 だった。
「はじめまして、仁道弁護士」
 にこり、と優雅に笑って亜矢子は小槙を見据えた。
 確かに高校の先輩とは言え、直接の面識がなかった二人は顔を合わせるのは今日が初めてだった。
「は、はじめまして。下凪先輩……ですよね?」
「ええ」
 と、頷いて亜矢子は小槙に促されソファに座った。
「今日は、何の相談をされに来られたんですか?」
 小槙は訊きながら、怖くて仕方なかった。
 亜矢子がわざわざ小槙を指名して、相談に来ることと言ったら……輝晃のことしかないように思われた。

「分からない? あなたほどの賢い方が?」

 小槙は唇を噛んで、俯く。
「馳くんのこと、ですか?」
 亜矢子は目を細めて、薄く唇を横に引いた。
「懐かしい呼び方ね。他人行儀やない? ……今は、 あなたが 彼の恋人やのに」
「……先輩。あの」
 小槙は冷たい亜矢子の言葉に、声をふるわせた。

「 単刀直入に言うわ。仁道さん、輝晃を返してほしいの 」

 ギュッ、と拳を握って小槙はその亜矢子の言葉を受け止めた。
 なんとなく、そうじゃないかと思っていたから……それほどの衝撃はなかった。
「先輩」
「あなただって分かってるでしょう? 輝晃のいる世界と自分の世界がちがうことくらい……あなたには似合わへんわ」
「でも、わたしは――」
「輝晃が好き?」
 コクン、と素直に頷く小槙を亜矢子はため息をついて諭した。
「そうね、でも……好きだけじゃどうにもならないことも世の中にはあるんよ。特に、彼のいる世界は。ねえ? 小槙さん――どうせ、別れるんやったら傷が浅いほうが 楽 やと思わへん?」
 何も、反論することができなかった。
 答えることさえ……だって、それは小槙が心のうちでずっと思っていたことだったから。
(輝くん……わたし、どうしたらいい?)
 ふっ、と亜矢子は微笑んで、白い名刺を差し出した。
「覚悟ができたらここに来て。今は舞台の練習してるから……午後六時くらいなら大丈夫やと思うわ」
 受け取った名刺の裏に、練習場所の住所が書かれていた。
 都内ビルの6Fと記された流暢な筆跡は、目の前の女優の性格のようにも映った。

「 来る前に携帯に連絡もお願いね 」

 小槙の動揺などお構いなしで亜矢子は言って、席を立った。
(なんか、輝くんの時と似てるなあ)
 と、暢気に考えて……そんな自分に苦笑する。
 「似てる」――つまりは、輝晃と亜矢子は同じ世界の住人だと言うことだった。
「じゃあ、お願いします」
 相談室の扉を開けて先ほどとはちがう「クライアント」の顔つきになった亜矢子が頭を下げた。
「わかりました」
 立ち上がった小槙も頭を下げ、そして部屋に一人残される。
 ぽすん、とソファに落ちて「どないしよ?」と呟いた。


 >>>つづきます。


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