テレビの中で行われる舞台公演の記者会見に仁道小槙〔にどう こまき〕は呆然と呟いた。
舞台劇『月に棲む獣』
主演は、八縞ヒカル。
そして、ヒカル演じる刺客・榛比〔はるひ〕の相手役である護衛女官・春陽〔しゅんよう〕はオーディションで選抜されると……前からの報道で耳にしていた。
が。
カメラのフラッシュの中心で微笑む彼女を、小槙はよく知っていた。
「 下凪先輩? 」
〜 プロローグ 〜
「そうや。俺も顔合わせの時に知ってビックリしたわ……先輩は最初から知ってたみたいやけどなあ」
八縞ヒカル、本名・馳輝晃〔はせ てるあき〕の自宅マンション、リビングのソファに座る小槙の横に座ると輝晃は苦笑いした。
下凪亜矢子〔しもなぎ あやこ〕、それは輝晃と小槙の高校の一年先輩であり、演劇部の女部長、そして輝晃の高校一年の頃の彼女。いわゆる、「元カノ」というヤツだ。
相変わらずの美人だと、小槙は黙る。
「気になる?」
ニヤニヤ、と輝晃は小槙の強張る横顔をうかがって訊いた。
「……そんなこと、あらへん」
本当はとても、気になった。小槙はこんなに美人じゃないし、スタイルだって並程度、頭は多少いいかもしれなかったが、女の美点としてはどうだろうか?
まったく、自信がなかった。
焼けぼっくいに火がついても、仕方ないとさえ思う。
「 嘘つき 」
小槙の泣きそうな顔に、輝晃が言う。
そして、そのまま彼女をソファに押し倒した。
黒髪が広がって、眼鏡の奥で目を潤ませた小槙はよくわからないまま彼の唇を受け止めた。
「輝くん? なにするん?」
服の上から胸を揉んで、膝から内腿へと手を滑らせる輝晃に、「何をする」もない。
くっくっくっと笑いを噛み殺して、輝晃は下になった小槙を見下ろした。
彼女はまだ、状況を理解していないだろう。
「俺が先輩とヨリをもどすなんて、ありえへんから」
「……なんで? わたし、輝くんが心変わりしても別れへんとか、無理矢理付き合うてもらおうなんて考えてへんよ。そりゃ、悲しいけど……迷惑かけたくあらへんもん」
「ソレ、ありえへんから」
少し、不機嫌に輝晃は小槙の言葉を遮った。
「え?」
「別れるとか」
「でも……」
小槙が辛そうに眉根を寄せる。
強引にその唇を塞いで、深く口づけると輝晃は早急に彼女の服をくつろがせ、下に潜む胸のふくらみを取りだした。
ブラを押し上げて、直に触れる柔らかな感触。そして、固く存在感を強めはじめた頂を擦りあげる。
「ん!」
びくり、と小槙の背筋が反って、足をバタつかせた。
彼女の舌に絡めていた舌を一端離すと、そこから唾液の糸が小槙と輝晃を繋いだ。
小槙は頬を染めて、ようやく状況を理解したように目を見開いて輝晃を仰いだ。
繋ぐ糸が切れるのを、目にするのは辛すぎる。
輝晃はふたたびキスをして、何とかそれを回避する。
「――結局。俺がおまえを想うより、おまえは俺のことが好きやないんや……小槙」
小槙は深く傷ついて、首を振った。
「そんなこと、あらへん」
「そうか? じゃあ、別れるとか言うんやない。ものごっつー俺は傷ついた」
「……ごめん、なさい」
小さく謝って、それでも小槙は不思議だった。
「せやけど、輝くん。ヨリもどらんって、なんでそないに自信満々なん?」
「あー、だってなあ……もともと」
輝晃はチロリ、と小槙の顔を見下ろして、意地の悪い微笑を浮かべた。
(……な。なんやねん、カッコええねんから)
ドギマギとしつつ、小槙は彼の答えを待った。
しかし。
「っと。秘密や、小槙が俺のこと もっと 好きになってくれたら教えたる」
そう言って、止めていた手をふたたび動かしはじめる。
「ゃん! ちょっ……輝くん!」
「なに?」
「なに、やなくて! なにするん?!」
「まだ、気づいてへんのか……さっすが小槙」
感心したように輝晃はニカリと笑って、内腿を撫でていた指を一気に足の付け根へとのぼらせた。
「ひっ!」
小槙は身体を強張らせて、信じられないと輝晃を仰ぐ。
「もちろん、先刻〔さっき〕の続きに決まっとる」
「あ……あかん、あかんで。なんでそうなるねん!」
「つーか。俺からしたら、ここまで許しててなんであかんのかが不思議や」
輝晃の言うとおり、小槙の姿はほとんど裸と言ってもいいほどの乱れようだった。
上のブラウスは前が全開で覗く胸のふくらみはブラを押し上げられた関係で丸見えだったし、下は下で開脚されて下着がシッカリと目に映る。
ちなみに今日は、黄色の花柄。セクシーさには欠けるが、小槙らしいと輝晃は思った。
小槙は真っ赤になった。
「だ、だって。まだ、昼やのに……そんなん本気やと思えへんやろ」
確かに、今は 昼 で久方ぶりに一日オフのとれた輝晃に合わせて小槙が仕事を休んだ 平日 だった。
協力的な、小槙の所属する弁護士事務所に感謝するしかない。
カーテンの間からは、蒼穹を白い雲が横切っている。
くすくすと、輝晃は声を立てて笑った。
「小槙は知らんのか? こういうのにな……昼も夜もないねん」
「……そ、そうなん?」
ビックリする小槙は眼鏡をズラしたまま、呆然と呟いた。
「ぷっ」
輝晃はもう我慢ができなくなって、彼女の裸の胸に顔を埋め、ぎゅぅぅぅと思いっきり抱きしめた。
「あかん……最高や!」
「え? ひゃっ! いやや、ちょっ……んん、いやぁっ! 輝くん、変なトコロで笑わんといて!!」
悲鳴から、次第に甘くなる声に輝晃はヒョイと口の端を上げた。
「 それは、でけへん相談やな 」
と。
彼女には聞こえない低い声は、ゾクリと妖艶な響きで呟いた。
>>>つづきます。
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