焼けと机と室と。 blog1-2


〜NAO's blog〜
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 ずっと、睨まれてる。
 そんな気がして、小槙は首をすくめた。

( なんか、こういうの前にもあったような? )

 しかし、それがいつのことだったか……彼女は思い出すことができなかった。



〜 blog1‐2 〜


 怒った彼女が可愛くて、思わず輝晃は笑ってしまった。

(あ。いけね……)
 つい、小槙相手だと素が出てしまうのが困りモノだ。精進せねば、と思いつつ、予定の撮影を終えた彼はセットの裏に彼女の姿を探した。
「 小槙? 」
 名前で呼んでみる。
 しかし、彼女はどこにもいなかった。
(待ってろって言うたのに……まさか、まだ怒ってる? なんてことはないやろなあ)
 とは思うものの、絶対に ない とは言いきれなかった。

 あの時。

 少しずつ、自分に対する警戒を解いて小槙を油断させた輝晃は、無防備な彼女の懐に入って不意をついた。
 小槙は短い悲鳴を上げると、飛び退り、真っ赤になる。
「は。馳くん、なにするん?? いま、耳……舐めたん……ッ?!」
「うん。美味しそうだったから、思わず」
「お、思わず?? 美味しそうて! おかしい、絶対おかしいわ!! また、からかってるんやろっ」
 目の回りを真っ赤にして、興奮気味に怒る。
「また? からかってないって……」
「笑いながら言われても、説得力あらへんし! わたしのこと、からかってるんやわ。慣れてへんからって……そんなんあんまりや」
 うるうるとなった小槙の眼差しに、輝晃はようやく彼女が 何か を勘違いしていることに気づいた。

(誤解やって、ちゃんと解〔と〕かなあかんのに……どこ行ったんや。アイツ)

 小槙のこととなると、カッコ悪いほど焦燥する。

「 ヒカル? 」
「野田さん、小槙見なかった?」
「いや……さっきまで、そこに。おかしいな」

 野田の言葉に、輝晃はイヤな予感が過〔よ〕ぎった。


*** ***


 あれは、中学校の三年の二学期。文化祭で、『ロミオとジュリエット』を演〔や〕ったあとの、とある放課後。
 夕暮れのクラスから聞こえてきた会話に、小槙は思わず立ち止まった。
 立ち聞きをする気は、なかった。けれど、話に自分の名前があることに気づいて……ドキリとする。
( 馳、くん? )
 聞こえたのは、彼の声だった。それに、女の子の集団の声が重なる。
「テル、仁道さんのことどういうつもりなん?」
 すぐに、それが「ジュリエット役」を小槙に指名したことだと解かった。
「あの娘のこと……好き、なん?」
「本気やのっ?!」
 問いただすけたたましい声に、小槙は立ち去りたいのに立ち去れなかった。足が、地面から離れない。
 それは、怖いのに……彼の答えが気になったからだ。
 聞かなければ、よかったと思った。

「好きや、ない。冗談……そうや、仁道の反応が可愛いからつい、からかってしまうんや」

 この輝晃の言葉に、目の前が暗くなった。
 前に進むことも、だからといって元にもどすこともできなくなって、立ちすくむ。
 小槙にできることは、考えないようにすること――それだけだった。



 きっと、あれが小槙の心の時間を止めてしまった。
( ……のやと、思うんやけど )
 至極、真面目に自らを考察してみたり。
 どうして、そんなことを 今更 考察しているかと言えば、問われたからだ。
 小槙を階段の踊り場まで連れ出した、奥田奏子〔おくだ そうこ〕に――。
「仁道弁護士さん、本当に恋人じゃないの?」
 と。
 数秒の思案ののち、小槙は「うん」と頷いた。
「恋人ではありません。だって、アレは、は……ヒカルくんの「冗談」だもの」

「 冗談? 」

「そうよ、彼って昔からそうなの。わたしのこと、本気で好きなわけ――ないよ」
 小槙は必死になって言い聞かせて、奏子の眼が険しく細められたことに気づかなかった。
 唇を噛んで、
「わたしなんかより、奥田さんみたいな綺麗な人の方が 絶対 似合うし……」
 パン、と頬を叩かれて、小槙はビックリして目を見開いた。
 痛みはあとから、やってくる。
「――よく、言うわ。わたしが彼を愛してたって、愛してなんかもらえないのに。ヒカルは本当は アナタが 好きだから……アナタが 彼に 愛されてるクセに……ッ!」
 ドン、と肩を押されて、小槙の身体はグラリと傾いた。
( や…… )
 彼女に助けを求めようとして、ゾクリとした。
 悪意に満ちた眼差し。
「わたしのヒカルに 恋人 はいらないの」
 と、その鮮やかな紅を引いた奏子の唇が静かに動いた。

『 テルから、離れて欲しいんやけど……委員長 』
『 なあ、テルに真面目だけがとりえの あんた がつり合うとでも思ってるん? 』
『 まさか、やんなあ? 』
『 そんなん、お笑い種やわ 』

 くすくすと、蔑む笑い声。
 中学の頃の、クラスメートの悪意のこもった台詞に重なって……あの頃の彼女たちの視線を思い出した。
 ここ、最近感じていた視線は、奥田奏子だったのだと小槙はようやく確信した。



 階段を転落する覚悟で目を瞑〔つぶ〕った小槙は、しかし思わぬ力に抱きとめられて事なきを得た。
 はー、と息を吐いた彼は目を伏せ、呆然と見上げる小槙に目を合わせると微笑んだ。
 馳輝晃らしいそれが、ひどく様になっていてカッコいいと思ってしまう。
「 平気? 」
「あ。うん……大丈夫」
 今更ながらに、胸がドキドキしてきて小槙は困惑した。
「奥田さんの言うとおり、八縞ヒカルに恋人は必要ない。でも――」
( あ、あれ? )
 輝晃の腕に抱かれている、と気づいて、だからといって自力で立つことは難しかった。転落の恐怖に足がガクガクとしていて、とてもではないが一人で立ってはいられなかった。
 しがみつく格好になって、彼の声だけを聞いた。
「でも、馳輝晃に仁道小槙っていう 恋人 は必要なんだよ。悪いけど」
 と、ドサクサまぎれに恋人扱いした彼を、小槙は信じられない気持ちで仰いだ。


 >>>つづきます。


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