花之段.斜陽


 誰が言い出したのか。
 時の大国。そのまぶしいほどに鮮やかな隆盛をたとえるように。
 「清葉〔セイハ〕」から陽〔ヒ〕は昇る……と。


*** ***


 蓮翔〔レンショウ〕五年。
 皇城。
 きらびやかな装飾が施された広い部屋。そこは皇帝の玉座が異様な存在感を居座せる空間だった。
 玉座に座る皇帝、肖治敬〔ショウ チケイ〕。その彼に身体をあずける寵姫、青愛蓮〔セイ アイレン〕。彼らを前にひざまずく右宰相と左宰相。
 彼らを挟むわずかな空間に、すべては押し黙るようにピンと息をつめていた。――正確に表現するなら右宰相と彼らの間に、であるが。

「右相、ほかに申すことはないか?」

 ふたたび、皇帝は同じ言葉を繰り返す。
「恐れながら、皇帝陛下。お考えを改めなさいませ。
それでは、民に無駄な反感を買うだけでございます」
 真っすぐに真摯な瞳を皇帝に向け、彼、右宰相由塁京〔ユイ ルイケイ〕は媚びることなく顔を上げた。
 皇帝はわずかに眉を上げた。しかし、隣にいる愛しい女に目を移すと、残酷なまでにあっさりと結論を出す。
「右宰相、由塁京。汝を我が命において処刑する。……よいな?」
 『よいな?』
 それは、長い間自分に仕えてきた右宰相へのわずかな心遣い。治敬帝に残っていた、最後の主君の言葉だった。

「…御意」

 皇帝の出した非情とも言える答えを、塁京は静かに受け止めた。その答えはある程度、彼の頭の中で予想しえたものだったからだ。
 けれど、言わねばならなかった。…たとえ、それが死に至る言葉だったとしても……。
 兵に両脇をとられながらも、塁京は自分の言葉を悔いることはなかった。
 午後の日差しが床に濃い影を落とす。
 一つの敷居の向こうには、今あるすべての生が脈々と息づいていた。
 見納めとなろう脇の窓からの景色は、この世の頂点を極めた、かの皇帝のように眩しく目に映る。
 が、

 それもいつか傾く。

 それが、遅いか早いかは時期〔トキ〕が決めるのですよ、皇帝。
 向きなおると、塁京は悲しげな笑みを口の端に浮かべる。

 そして。

 …いま、貴方は、それを選んでしまった
 濃い影を落とす床から無気質な足音が消えると、その遥か向こうで重い扉の閉まる音が響いた。



 それから間もなく、清葉で一世を風靡した右宰相家の長、由塁京は静かな永遠の眠りにつく。
 ……名君はもう、いない。



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T EXT
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