3-8.根城にて


 「虎北」の根城の入り口で出迎えにきた賊達に、春陽は目を瞬〔しばた〕かせた。
「どうしたの? 戦争でもした?」
 と、彼女が思わず口にすると、満身創痍の彼らはイヤーな顔をして一言。
「お前には、関係ない」
「それは……」
 そうね、と春陽も納得する。
 笑みを浮かべると、群がる彼らの間をすり抜けがてら数人を昏倒させた。
(確かに。……いま、わたしに関係あるのはここの総領である、あの 大男 )
 不穏な傷を無数に持つ厄介な男を思い出して、春陽は眉をひそめた。
 とは言え。
 最初にここに入りこんだ時と、今では「状況の不利益」はまったく異なっている。
 「虎北」という山賊集団が、国家的な統率力を保持していること。
 それに、加えて内部の配置をほぼ詳細に把握できているという事実。
 これらを知らないで入った最初の危機的状況に比べれば、数に多少の不利的要素を含んでいるとは言え勝算が遥かに高い。
 しかも、今回はどうも先客があったらしく応戦の数が微妙に少ない上、相手の体力の消耗が激しかった。
 ――つまりは、先の一戦で相手が相当疲れている、ということだけど。
「 派手にやったものだわ 」
 予定外に順調に活路が見つかって春陽は首を傾げた。
 悪い状況ではない。
 むしろ、運は自分に向いている……とは、思うのだけど。
 この焦るような気持ちはなんだろう?
 先に来た客、とはだれ?
 総領・雅東〔ガトウ〕のいる、おそらくはあの広間を目指して春陽は去来した不安に身をすくめた。



「 千客万来、か 」

 と、前の夜と同じ場所に座っていた大男は忌々しく口にした。
 ただ、それは低い声の独り言だったので、聞こえた者はいない。
 自分よりも遥かに体格の大きな男どもを吹っ飛ばして入ってきたしなやかな少女に、威厳をこめて訊く。
「これは、姫。逃げ出した鳥が何をしに戻ってこられた?」
 殺気を帯びた眼差しは、両脇にひかえた腹心の部下に注意を促して睨みをきかせた。
「 何をしに? 」
 その様子に、緊張をはらんだまま春陽がおかしいとばかりにコロコロと笑った。
「つれないお返事ね。あなたがわたしを探していると騒がしいからわざわざ戻ったのに、その言い草だなんて」
「 ほう 」
 と、座ったまま「虎北」の総領は肘を立て顔をのせる。
 くだらない、とあからさまに意思を示して凶暴に笑う。
「その勇気だけは買ってやる」
 が、と彼は顎〔あご〕を使った。
 春陽が取り囲まれると、ニヤニヤと勝ち誇る。
「ここに戻って、生きて帰れると思うか?」
「つくづく朴念仁よね」
 間合いをはかりながら、春陽は息をついた。
 ひくり、と傷の複数が交差した片眉が上がった。
 不機嫌に声を荒げて、問う。
「 どういう意味だっ? 」
 その怒号とともに、彼の腹心の部下が春陽に飛びかかった。

 ひゅん!

 と、空を切る鋭い音が彼女の姿を消した。
 正確には、跳躍。
 素早い所作で身を屈め、飛んだ彼女は上空に身を浮かせて仰ぐ敵を越えた。
 一人の背中に着地をし、さらに飛ぶ。

「 ! 」

 思いも寄らず、迫ってきた春陽に雅東は息を呑んだ。
( 早い ) 
 背後に回られると、腕を捕られ信じられない力でねじ上げられる。
「 ぐぬ 」
 喉元にヒヤリ、とした感触が添えられた。
 細身の長剣だと、すぐに分かる。
「 ……… 」
 失態、だと雅東は歯噛みする。
 低い唸りを上げた。
「分かりきった話だわ。生きて帰れると思ってるから来たんじゃない」

 低く、囁く女の何気ない声がゾクリとする声音で彼の耳に届いた。
 かと思うと、その声がくすりと笑う。
 相手を嘲〔あざけ〕るように言った。

「ただ、――あなたの命で彼らの攻撃を制せるかは 疑問 だけど」


*** ***


「んー、んー!」
 手足を縛られ、猿轡〔さるぐつわ〕を噛まされた瑞果は激しく抵抗した。
 地面に転がされた少女を見下ろす目は、冷めきっている……と思いきやニヤリと笑った。
 無精ひげの顎を撫でる。

「静かにしてな、お嬢さん」

 唇に人差し指を立てると、囁く。
「まだ、俺たちの巣の中だ……感づかれたら、アンタ終わりだぜ」
「 ! 」
 瑞果はその男・侠〔キョウ〕の言葉に目を見開く。
「ふぅん……んーんー」
 静かに何かを訊ねてきた少女の言葉は理解できなかったが、侠はだいたいの察しがついた。
「どうして匿うのか、ってコトか?」
 無謀にも真正面から賊に向かってきた少女は、予想外の戦闘能力で敵を翻弄させた。が、それも不意打ちの効力とスタミナのある最初のうちだけで、次第に数に圧倒され追い込まれた。
 少女はたぶん、覚悟を決めていた。
「理由ねえ……口実かな」
「 ……… 」
 なによ、ソレは。
 と、少女の目が訴えるのを侠はさして気にしない。
 女が暴れている、と聞いて勇んでいけば期待していた彼女ではなかった。けれど、その顔には見覚えがあった。
 あの連れの男が抱えていた娘だ、と。
(――そして、俺の期待通りに春陽は現れた)
 ニヤニヤ、と笑って、威嚇する子猫のように見上げる目をまっすぐに見返す。

「アンタがいれば、きっと俺の許にやって来てくれるだろうさ。そうだろう?」



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