3-4.剣の先にあるもの


 春陽たちの仮宿にやってきた瑞果は、まずは「師」から「戦い」に対する心構えを教えられた。
「 いい? 」
「はい」
 神妙な表情のあどけない少女に、春陽は鞘から剣を取り出すと前に置く。
「「戦い」の前に、憎しみは捨てなさい」
 その言葉に、ピクリと少女の肩がふるえる。
 不可解そうな顔で、その一種矛盾を含んだ言葉を問う。
「じゃあ、何で戦うんですか?」
「それは――」
 春陽は意味深に唇の両端を引き上げると、言った。

「 愛 、よ」

「 あい? 」
 さらによく分からないと、少女は首を傾げた。それはそうだ。
 まだ、幼さの残る彼女に「愛」だのと言われてもピンとこないに違いない。
「そうね。わたしの場合は 榛比〔カレ〕 かしら?」
 と言って、後ろの男を指差したものだから、ちょうど愛剣の手入れをしようと口に酒を含んでいた彼は危うく噴くところだった。
 口元を拭うと、空恐ろしいモノでも見るように春陽を訝〔いぶか〕しんだ。
(……何を言うんだ、この女は)
 解説された少女も、何を思い出したのか真っ赤になる。
 が、当人だけは本気だ。

「人を愛して戦いなさい。――でないと、空しいだけになる」
 切実な祈りのように告げると、春陽は遥か遠くに目を細めて瞼を伏せた。


*** ***


「先生」
「ダメよ」
「でも……」
「瑞果、黙りなさいと言ったはずよ。口を慎みなさい」

「 ……はい。先生 」
 普段とは別人のような厳しさに、瑞果は渋々と肩を落とした。
 春陽に教えを仰〔あお〕いで三日。
 その内容はと言うと、いまだ仮宿の中での精神統一という名の「苦行」だけだった。
 これではまるで、修行僧のようだ……と何度師に訴えたか分からない。けれど、そのたびに手厳しく諭される。

「――いい、瑞果。焦るようじゃまだ足りないってコトよ。時間があなたを急かしているのではないの……憎しみが、あなたを駆り立てているのよ」

 そりゃあ、たかだか三日で痺〔しび〕れを切らしていてはせっかちすぎるのかもしれない。

 けれど。

「 ……… 」
 言い当てられて、瑞果は上手く言い返せなかった。
 自分は早く強くなりたいし、またならねばならなかった。
 それは、無残に殺された父の供養のため。自分のため。
 一矢報わねば、心がどうにかなってしまう……。
 ペシン。
 と、頭をはたかれて瑞果は「痛い」と唸〔うな〕って、笑う師を睨んだ。
 肩をすくめた春陽は、嘆かわしいとばかりに額を押さえると冷酷ともいえる決定を告げる。
「まだまだ、ね。明日もここで精神統一から始めましょ」
「そ! そんな、先生!」
 泣きそうな瑞果の叫びに、無慈悲なまでの優しい声で師が今日の鍛錬の終了を宣言した。
 ……少し、本気で瑞果は泣いた。



 落胆した瑞果が仮宿を出る頃になると、辺りは朱色に染まり始める。
 どんよりとした雪雲の間が染まり、夕暮れが近づくと春陽は一様に機嫌がよかった。
 三日目ともなると、瑞果にもその理由が分かってくる。
 彼と二人きりになれるからだ――。
 今日はめずらしく一緒ではなかったが……夜には帰ってくるのだろう。
 手を振る春陽はあからさまに少女を邪魔者扱いしている。
( ひどい )
 と、瑞果は口にこそ出さなかったが思う。
 仮にも、父親を亡くして間もない少女だ。もう少し大事にしてくれてもいいものを……。
 と。
 ちょうど、その時。
 男が夕闇の中、フラリと戻ってくるのを見つけた。
「………」
 気配もなく瑞果の横を通り過ぎる。
 間際にかすめるような視線が合って、思わず震えた。
 最初に会った時と同じ、恐怖だった。
 理由のない震えが走って、気にかかる。
 あれは――殺気だろうか?

 それとも……。

 踵〔きびす〕を返すと、少女は来た道を戻って男を追った。
 そして、駆け戻った瑞果が見たものはつまり……想像とはちがう意味で「目に毒」な光景だった。
 慌てて目をそらして、身を隠す。
(って、なんで隠れるの?!)
 自分で自分が分からない。
 そらしたはずの目は、なぜかしっかり二人を映しているし……。
 身じろいだ男が何事かを囁〔ささや〕いた。
 それに構わず、抱きついて唇を寄せた女が笑ったように見えた。



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