2-2.賊に挑む獣・其の二
「 女! 」
「きゃっ!」
乱暴に前へと突き出された春陽は、悲鳴をあげて転がった。のろのろと身体を上げると、そこには「頭」と呼ばれる男がニヤニヤと笑って自分をなめるように眺めていた。
色が濃く、四肢のあらゆるところに物騒な傷跡がある。傷の中にある眼差しは剣呑で、ひとつでも不審な態度をとれば即座に首を刎〔は〕ねそうな男だ。
「邪魔だな、――オイ!」
頭は言うと、下の男に命を下した。
「女の服を剥〔む〕け! 中の実が見たい」
ゾクリ、とする下卑た笑いで唇をゆがめると、春陽から目を離さずに舌なめずりをしてみせた。
(――どうする?)
数人の男に身体を拘束されながら、春陽は焦燥した。
もちろん、彼らに素肌をさらすのも本意ではなかったが……問題は そこ にあるのではなく、忘れていた 事実 にある。
(アレ、見られちゃうじゃない)
直面してようやく気づくあたりが、我ながら「不覚」としか言いようがない。
春陽は諦めると、覚悟を決めた。
「 イヤ! 放してっ 」
彼女の叫びに、頭からの命令で動いていた男達が気色ばんだ。
細い春陽の身体を床へと組み敷くと、一人が上に馬乗りになって着物の腰帯を引き抜いた。そして、なおも鋭い抵抗を示す両足と両腕を脇に控えていた男二人がそれぞれに押さえつける。
女の身体を包んでいた着物は、その拘束していた力を失って胸元の襟から鎖骨、さらには肩へと乱れて、ついには男達の手によってはがされる。
薄い内着の下からのぞく、若い女のゾクゾクとする柔肌。
あらゆる衝動から、彼ら春陽を組み敷いていた荒くれ者はあやしく息が乱れてくる。
ふたつの膨らみとその中心。
誘惑的な存在がすぐ下にある。
そして――。
「 ぬ! 」
その左の乳房の下にある物騒な刀傷に思わず手を止めて、春陽を見た。
と、その瞬間。彼とその彼に付き従っていた男たちが、同時に信じられない光景を目にする。
先ほどまで、抗〔あらが〕っていた普通の少女の顔が微笑んだ。
手と足が一緒に動いて、流れるようにくゆらせると、逆に力で彼女を拘束していた山賊の大きな身体が宙に浮き、次には床に転がっている。
ドォーン、と地響きが起こるまで……身体に鈍い痛みが走るまで――彼らには、何が起こったのか理解できなかった。
「貴様」
しなやかな裸体をまっすぐに伸ばした春陽は、くるりと上座の方角へと顔だけを向ける。
警戒を強めた「山賊の頭」からは、ちょうど彼女の背中がよく見えた。
乳房の下から貫通した刀傷が一番新しく大きいが……よくよく見れば、ほかにもいくつかの古傷が柔肌に美しく残っている。
「――質問に答えてほしいの」
恐ろしいまでの度胸。
最大級の構えで、頭は春陽を眺めた。
「答える義務など、ない。そして……。
おまえには質問する権利さえも、ないぞ!」
春陽はじりじりと包囲を狭めてくる山賊たちに間合いをつけながら、「そう」と半分は予想通りの展開に息をつく。
誤魔化せなかった時点で、こうなることは解かっていた。
「 残念ね 」
「――逃すな。饗宴〔きょうえん〕の肴〔さかな〕にしろ。分かったなっ!」
一喝する頭の声に、むさくるしい山賊たちの地鳴りのような鬨〔とき〕の声があがる。
うわっ、と一斉に春陽へと群がった男たちは、皆気色ばんでいた。
取り押さえた後、彼らが何を考えているか……すぐと想像がつくあたり、「分かりやすい」としか言いようがない。
春陽は肌蹴〔はだけ〕た内着〔うちぎ〕を恥らう程度に引っかけて、身を屈めた。
向かってくる一番手前の巨漢の足元をすくいかけながら、落ちている自分の上着を引き抜く。体勢を崩した先頭を抜けると、伸びてきた屈強な腕をかわして鋭く跳躍してみせる。
「 フッ! 」
群塊から一つ離れた場所に音もなく着地をすると、春陽は振り返った。
動けば零〔こぼ〕れそうな胸元を押さえる。
「生憎〔あいにく〕、これは売約済みよ」
「我らに勝てると思っているのか、小娘?」
遠く、高い場所から眺める頭の表情は、憤怒〔ふんぬ〕の色が強い。たかが、一人の少女にいいようにあしらわれているのが気に喰わないのかもしれない。
首を傾げると、春陽は微笑んだ。
「 まさか 」
この多勢に無勢で勝算などあるはずがない。
「に、しては強気のようだが……な?」
ピクピク、と眉根を跳ね上げて、それでも傷だらけの顔をくつくつと笑わせた。
「そうね」
春陽は、前方から目をそらさずに動いた。手にしていた上着を後方へ広げると、背後から迫っていた二人の男の顔へと巻きつける。
あとは、強く手前に手を引くだけでよかった。
図〔はか〕らずも前に広がった回避路に、彼女は迷わなかった。
「――あるとすれば、この道くらいだと思うわ」
と。
会心の微笑みを浮かべて、春陽はその場から逃げ去った。
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