2-1.賊に挑む獣・其の一
降り積もる雪のように、隠れていく不安がある。
囚〔とら〕われているのか。
支配されているのか。
それとも、ただの気の迷いなのか。
この世界が「闇」なのか「光」なのかさえ……本当には、分からない不安。
ここがどこなのか。
時々、無性に確認したくなる。
そう、ただ不安になって抱きしめたくなる――確かなモノをひとつ。
■ 本編「月に棲む獣」の続編序章です ■
この「賊に挑む獣」は、本編「月に棲む獣」の続きです。
大国「清葉」の皇帝に仕えていた女官・春陽と、
後宮を騒がせていた刺客・榛比。
皇城の根回しした手配書のため(?)に方々を流浪する二人は、やがて運命の場所「月山」に……。
次の話、「月の泪、星に落つ」の序章っぽい中編です。
パチパチ、と薪〔たきぎ〕の爆〔は〕ぜる音が穴の中を低く反響した。
つい今しがたまで、かき消されていたその音にようやく男が息を吐く。
「手遅れだろう?」
「うん」
洞窟の奥深くに無造作に投げ出された男の身体を持ち上げた少女は、躊躇〔ためら〕いもなく頷くと顔を彼へと上げた。
少女の手には、血のついた小刀。
立つ陰気な眼差しの青年は、長刀を腰に戻すところだった。
「 今、逝〔い〕ったわ 」
重くなった男の身体を地面に戻し、その見開いた目を静かに閉じさせた。
山賊に襲われたらしい男の身体には、無数の傷跡があり、長時間の暴行があったことを示している。
「不運な人……」
「春陽?」
「もう少し、早ければ助かったかもしれないのに――」
焚き火の炎で照らされた穴の中、倒れた山賊の数は七人。みな、すでに絶命しているが……息絶えた男の話では、あと数人仲間がいるらしい。
嫌そうな表情〔かお〕をして、榛比は春陽に非難がましく言葉を紡いだ。
彼女のそういう性格は十分よく理解しているだけに……面倒事になる前に、回避したい。
そう、できるだけはその努力を――。
「もう、死んでる」
昨日吹雪いたために、外には深い雪が積もっている。眺めながら、榛比は空恐ろしくなった。
おそらくは、今、彼女の口元に笑みが浮かんでいるだろうと……感じたからだ。
「あるいは、そう。――でも、捕まってる可能性の方が高いわ」
「………」
ある意味、それは最悪の事態だった。
逃げた娘の身にとって……殺されてはいないかもしれないが、生きてもいないかもしれないという意味で。
それでも、死んでいなければいい、と春陽は思う。
「まだ、間に合う」
彼女の言葉に、榛比はあらぬ方角を見ながら肩を竦〔すく〕めた。
(やっぱり、か――)
一人の山賊の屍を足で転がすと、たまたま通りすがった自分たちにいちゃもんをつけ、ここまで連れてくるとボロ雑巾のようになった男を見せつけて「こうなる」とばかりに脅しにかかった彼らを憎んだ。
そのせいで春陽のいらぬ「おせっかい」に火がつき、おまけに彼らがなぶり殺しにした男の娘の面倒まで見る羽目に陥〔おちい〕ったではないか。
「勝手にしろよ」
榛比は、一言告げると壁に背をつけて座った。
「俺はここで待ってる。そういう話は苦手なんだ」
*** ***
サク、と春陽〔シュンヨウ〕は積もったばかりのま深い雪に足を沈めた。
薄暗く、人里離れた月山の山腹はほとんどが獣道であり、開拓された道はまったくと言っていいほどにない。しかし、そこを越えるのは時に必要であるために、所々に立て札やら掻き分けられた道らしきモノがある。
「――来た」
朱をのせた唇に、笑みを浮かべて口ずさむ。
相手には気どられぬように一歩一歩と雪を踏みしめ、慎重に彼らの気配を探る。
殺意があれば、それ相応の対応はしなければならないし。
それに先立って、外道を働くつもりならば……やはり、相応にあしらわなければならない。
「 きゃっ! 」
突然降ってきた矢に驚いてみせて、春陽は顔を上げた。
相手は、前に二人。背後に一人……そして、側面の鬱蒼とした木の中に三人。
身体を硬直させて、声をふるわせた。
「なに?! あ、あなたたちは……っやっ」
腕を掴まれた春陽は、抵抗するものの相手を興奮させないように従順に動いた。
「山の一人歩きたぁ、無用心だなあ。お姫さま♪」
無精ひげを指で遊んで、頭角らしい男が言う。
春陽は目をそむけて、身体をふるわせた。目を合わせれば、気丈な女だと警戒されかねない上に相手の支配欲を刺激しかねなかった。
彼らの根城に案内してもらうまで……あわよくば、中に入り込むまでは油断させ続けなければならない。
顎〔あご〕を持ち上げられ、春陽は彼を間近で見た。
まだ、若い……しかし、頭角であるだけに他の者よりも隙がなかった。
瞼を弱弱しく瞬きさせて、春陽は彼の出方を待つ。
「怯えているのか?」
「………」
「――くくく、まあ、お楽しみは後でいいだろうさ。今日は頭〔かしら〕が上機嫌なんだ……おこぼれくらいは回ってくるだろう」
春陽は身構えて、確信する。
( やっぱり、生きてる……よかった )
自分の身は、それほど心配していない。それよりも、死んだ男の娘の方が気がかりだった――。
*** ***
冷たくなった男と山賊は穴の奥の一所に寝かされて、上にムシロをかぶされていた。
そのそばで、愛剣を抱えた榛比〔ハルヒ〕は足を冷たい空気が滑っていくのを感じて、目を開ける。 薪はとうに燃え尽きて、今では煙さえも上がっていない。
(――今日は、ここで野宿か……)
考えて、ムシロをかけた相手を見る。
( こいつらと? )
顔をしかめるのも不本意だったが、それがじつに嫌な想像だったので薄暗い洞窟の中、壁から腰を上げると入口へと向かった。
日の落ちかけた月山は、雪が血の色に染まっていた。
その見事な色に目を細めて、榛比は剣を腰に差す。
「上手くいった……ってトコロか」
彼女が外に出て、もう一刻以上は経っている……榛比は首を巡らせてふっと笑みを浮かべた。
戻らないのは、策通りにコトが進んでいる証拠だろう――コトに、彼女に関してはそうだと言い切れるから面白い。
「馬鹿馬鹿しいが、案外ここにいるよりは暖がとれそうだな」
と。
そこまで考えて、唸〔うな〕った。
問題は賊の根城の場所だった……。
2-1 ・・・> 序二.賊に挑む獣・其の二へ。
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