2-0-1.情報と解析
里女集団に襲われ、組み敷かれた春陽もまた毒を飲まされた。
榛比のような刃に塗った液体ではなく、錠剤のように固められた物質。女達が去るまで、飲んだフリで凌〔しの〕ぎ……彼女たちの気配が完全に消えたあと、喉に止めていたそれを吐き出した。
それでも、少なからず毒の成分を体内に入れてしまったらしく、意識が遠のきそうになるのを堪えて昔、教えてもらった胃洗浄の薬草を探して口に入れる。
すべてを吐き出して、耐え切れず意識を失った。
それから、次に目を覚ましたのは雨が頬に降りかかった時だった。
ぽたん、ぽたんと頬を叩く滴〔しずく〕に知らず、口を開けて流しこむ。
(榛比……)
焦燥する心とは別に、こういう状況に慣れた体は勝手に体力の回復を優先する。
我ながら、普通じゃないなと感心しながら……また、眠りに落ちて、それを何度か繰り返した。
起き上がれるほどに回復した時、春陽がとったのはあの廃墟と化した里に戻ることだった。
あそこが、女たちの棲み処〔すみか〕となっているのなら好都合だったのだが、期待に反してそこは本当の廃墟となっていた。
樹海の奥底に、女たちの棲み処はあるのかもしれなかったが、探すにはあまりに情報が少ない。
動くよりは、待つほうが得策と考えた春陽は、里の廃れた家々を転々と動きながら使えそうなモノは遠慮なく拝借した。
都合のいいことに、この里のそばには川が流れていて、少しいけば滝壺もあった。
汚れた衣服も、身体も綺麗にできて、体力を養う食料にも困らない。
ただ、彼だけが現れなかった。
(まさか、浮気?)
いや、違う。意識の片隅に聞いた女たちの言葉が本当ならば……事態はもっと 深刻 だった。
やっぱり、樹海の中へ探しに入った方がいいだろうか? と思案した矢先に、彼ら役人の一行を見つけた。
傷口を見て、すぐに分かった。
( 榛比 )
確信へと繋がる、躊躇いのない太刀筋にまだ治癒して新しい傷痕が疼くような気がした。
地方に配属された役人は、無類の女好きらしかった。
最初こそ、訝〔いぶか〕しんだものの春陽の微笑みにすぐに態度を変えて、大怪我をした……つい先ほどまで「捨て置く」つもりだった……下士官をわざとらしく心配してみせる。
そして、春陽の手を取って言った。
「一宿、お願いできないでしょうか」と。
スタン、と春陽は剣を振り落として、床に突き刺した。
男の親指と人差し指の間に突き刺さった刃は、白く月明かりを反射して怯える高官の顔を映し出した。
「予想通りね」
「な、何がだ?!」
「あなた、彼女たちに悪さをしようとしたでしょう?」
「 ! 」
瞠目は、肯定も同じ。
「ちがう!」
と、体面に関わると夜這いを仕掛けてきた高官は強く否定した。
「アレは、彼女たちの方が誘ったんだ! 私はそれに甘えただけに過ぎないっ」
春陽には、「甘えた」だけとは到底思えなかったが……だからと言って、彼女たちがわざとそう仕向けたことも否定できなかった。
(おそらくは、彼女たちの生きる 手 なのだ)
そして、それに榛比の腕が利用されている――。
「いいわ」
と。
春陽が剣を引くと、高官はそれを許諾の意味だと勘違いした。
ふたたび抱きつこうした彼に、春陽は次は首筋に向かって剣を向けた。
ヒヤリ、とした感触が首にでも触れたのか「ヒィィ!」と情けない声を上げて、後ろへと尻餅をつく。
「わ、私を殺す気か?!」
ぷっと吹き出して、春陽は立ち上がる。
「まさか。そんなことをするハズがないわ、だって……」
刀をスラリと高官に向けて威圧した。
「わたしには――あなたに もっと 訊かなきゃいけないことがあるもの」
*** ***
榛比は顔を上げた。
鬱蒼とした森の中に築かれた砦は、彼女たちの城だった。住人は年老いた者をのぞけば女ばかり……彼女たちが幼かった頃にあったという国境〔くにざかい〕での戦のために男手はすべて取られ、彼女たちの母もまた生活のためにはべつの場所に嫁がねばならなかった。
残っているのは嫁ぐ場所のなかった婚期の過ぎた母と年老いた祖父母、それに幼女たちだった。
生活の糧もなく、その日に食べるものにも困る村での生活……嫁ぐ場所のなかった母たちは体を売ってその日の生活費をまかなったこともあったが、それにも限界がくる。
まともに働く術もなく、生計のたたなくなった彼らは家を捨て、この樹海の中に身を潜め獲物がかかるのを待つようになった……のだそうだ。
『 あなたは、そんなわたしたちを見捨てられなかった。わたしたちを助けてくれるって約束してくれたのよ 』
と、ほとんどの記憶を失った彼に彼女たちは告げた。
『 あなたはわたしたちの用心棒。それに、同じ 敵〔かたき〕 を持っている共同体―― 』
女の言葉はほとんど榛比の胸に届かなかった。
が。
敵、と言われて笑んだ女の顔が忘れられない。
『 そうよ。わたしたちの 敵〔てき〕 ――あなたの敵でもある、 女 』
「 春陽―― 」
口にして、失った記憶の中に 確かに そういう名前の女がいたように思う。
敵と言われれば、そんな気もするし……少し違うような気もする。曖昧な記憶の断片から受ける印象はさまざまで不可解、そして あまり よくない。
彼女がどんな姿だったかと思い出そうとして、簡素な造りの矢倉に備わった狭い見張り台に胡坐〔あぐら〕を組んだ彼は手に馴染んだ剣を抱き、暗い空に浮かぶ幾つもの星に目をすがめた。
序.忘れ草へ。 <・・・ 2-0-1 ・・・> 二.記憶の中の星の数へ。
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