企画1-B.侵入者謁見! その前。

■ 連作「王宮小説」の企画番外です ■
コチラの「侵入者謁見! その前。」は、
連作「王宮小説」の番外になります。
某企画にてリクエストがあった
「病弱皇帝とじやじゃ馬姫、新婚当初の話」
として書いたモノ…… その直前の話 です。

 イフリア帝国の王宮内、北館表玄関で若い黒騎士とその教育を担っている先輩黒騎士が遠巻きに――検閲すべき侵入者をうかがった。
 彼らが近づかないのは、他でもない。
 彼らの総指揮官であり、最高権威であるジーザ・ゲル・リュカ帥〔そつ〕卿が、かの侵入者を尋問していたからだ。

「………」

 若い黒騎士は、まだ侵入者である二人が誰であるかを知らない。
 だから、彼らの帥がなぜ、こんなにも動揺しているのかまるで分からなかった。ただ、おそらくは侵入者である二人が帥にとって、強い影響力を持っているのは 確か だった。
「――皇帝に会わせるわけにはいかないぞ、アルザス」
 しぼるような低い声で、ジーザは言った。
 相手は士官学校時代の友人……というよりは、悪友に限りなく近い。
 艶〔つや〕やかな亜麻色の瞳の彼は、穏やかな微笑をたたえたまま……今はイフリア帝国王宮お抱えの「黒騎士精鋭の帥」となった昔の良き学友を懐かしそうに凝視する。
 その昔、こういう表情をして何を頼まれたか、ジーザは体で覚えていた。
 ゾワリ、と漆黒の甲冑とマント、比較的軽装備ではあったが黒騎士特有の色で覆われたその装束の下で、ジーザの鍛えられた体が粟立つ。
「平気、平気」
「平気じゃない」
「なんで?」
「他の方ならともかく、皇帝謁見には手続きが必要だ。惚〔とぼ〕けても無駄だぞ、アルザス」
 長年の付き合いで、この規則を知らないとは言わせないとばかりにジーザは厳しく拒絶した。
 しかし、相手は「天使」と称される態度を崩さずに、迫る。まるで、春の木漏れ日のようなのどかな表情〔かお〕で響くのは決然とした言葉。

「そうなんだけどさー。ホラ、コレもあるし。せっかく用意したんだから会わせてよ」
 ぴらり、と手に持つのは色鮮やかな花のブーケ。
 制止できないだろうと思いながら、ジーザは二人の背後に配置した副官に命じた。
「サイモン」
 すべてを解した副官は、司法院の二人の大審官の前に立ちはだかると、北館の入り口を封じた。
 が。
「ダメ? ――じゃあ、仕方ないかあ。デル」
「………」
 傍観を決め込んでいた寡黙な「死神」が、「天使」を咎〔とが〕めるように見た。
 しかし、それが無駄であることは嬉々とした相手の顔を見れば、自明の理〔ことわり〕だろう。
「 強行突破するよ 」
 にっこり、と微笑を唇に浮かべた……司法院の最高審官であり「裁きの天使」との異名を持つアルザスは、亜麻の瞳を鮮やかに閃かせて宣言する。

(――だろうと思った)

 はー、とアルザスの学友二人がふかい深い息を吐く。
 「黒騎士精鋭の帥」ジーザと「死神の涙」こと「癒し」の最高審官であるデルハナースは目だけで互いを見交わすと、やれやれと肩を竦〔すく〕めた。



 イフリア帝国王宮、北館の玄関まで下りてきたアルディは、その不気味な静けさに眉を寄せた。
 ふと、北館の玄関ホールにあたる一角で壁に背中をもたれかけた王宮お抱えの騎士――黒騎士精鋭の最高権威が、腕を組んで憂いでいた。
 ホール内には、彼……ジーザ・ゲル・リュカ帥〔そつ〕卿以外、誰もいない。何とも奇妙な状況だった。
 立ち止まり困惑すると、アルディは後ろをふり返る。
(……今のは)
「アルディか……」
 ジーザが、いつの間にかアルディに気がついていた。
 声を掛けられたアルディはと言うと、恐縮至極という手合いで直立不動になるとしなやかに片手を上げて最敬礼の型をとる。
「ご苦労だな……騒ぎに気がついたか」
「――はっ」
 カチリ、とした膝当ての金属音が響き、顔を上げるとアルディはその黒騎士精鋭の帥の苦々しい微笑に面食らった。

「リュカ帥卿、一体何があったんですか?」
 ふ、と自嘲にも似た微笑みを洩〔も〕らしたジーザは、表情を曇らせた若い黒騎士に言った。
「おまえなら、言わなくとも分かると思ったが」
「………」
 よく澄んだ青い瞳が、見開かれて合点したように苦笑した。
「父、ですか?」
「――昔から、ヤツには剣では勝てても 逃げ足 では勝てないんだ」
 悔しさからではなく、事実そうだという妙な説得力のある言葉だった。
「目的は?」
「花嫁へ 花束贈呈 、だそうだ」
 やれやれ、と肩を竦〔すく〕めたリュカ帥卿にアルディは、一呼吸静止し、何も言わずに来た道を戻ろうとする。
 と。
 背中に帥の声がかかった。

「どうする?」
 黒のマントを音もなく翻〔ひるがえ〕して、アルディは総指揮官へ笑った。
 鈍い銅色の髪から、強い青の眼差しが光る。
「勿論、皇帝の御許に――侵入者から守るのが、私の仕事ですから」
 非礼を詫びるように一礼すると、アルディは背中を向けて、今度こそふり向かなかった。

 彼が行ってしまったあと、残された帥はくすくすと声を立てると意地悪く口にした。
「さあ、息子は手強いぞ? アルザス。せいぜい急ぐことだ」


*** ***


 皇帝の執務室は、王宮北館の上階――皇帝謁見の間の奥にある。

 謁見の間に駆けもどったアルディはそこに佇む漆黒の長い髪に、冷ややかな眼差しの男を見つけ、どう対応しようか迷い(何しろ相手は問題の侵入者の一人である)……しかし、結局のところこう言うしかなかった。
「ご無沙汰しています」
 彼の方もおおよそ予想していたようで、いつもの冷徹な仮面のまま若い黒騎士を見た。
 ほんの少し、青灰色の瞳を長い闇の前髪から細めている。
「……ああ。こんなところで会うのは少々、不本意ではあるが、な」
「同感です」
 思わず、苦笑いを浮かべてアルディは傍〔かたわ〕らの重厚な扉に目を止めた。そして、抑揚を抑えた声で訊く。
「――聞こえてますか? 父さん」
 ゆるく閉められた皇帝謁見の間の入口の向こうで、誰かの気配が動き……次に、静寂に不似合いなほど乾いた笑い声が響いた。

「何のことだい? アルディ」
 アルザス・ディエ・トラドゥーラは、ひょっこりと扉から顔を出すと、木漏れ日のような栗色の前髪から艶〔つや〕やかな亜麻の瞳を細めて息子に微笑みかける。「裁きの天使」と呼ばれる彼にふさわしい見事な微笑だった。
 しかし、それだけに性質〔タチ〕が悪い。
「空惚けても、ダメですよ。何なんですか、今日は」
「いやいや! 急に思い立って花束を買ってしまったんだよ。仕方ないじゃないか」
 どうだ、とばかりに色鮮やかなブーケをかざした「天使」は、御年六十を越しているとは思えない無邪気さで司法院最高審官の白い長衣の胸を張った。
「胸を張るな、胸を……」
 ほとほと呆れたデルハナース・ジン・アルテアは、「死神の涙」と呼ばれる憂いに満ちた顔を長い付き合いの元・学友兼現・同僚に向けて、首をふる。
「見ろ、このアルディの顔を。本当に困ってるじゃないか」
「……デルハナース。お願いですから、指は指さないでください」
 心底、弱った表情〔かお〕で背の高い鉄面皮の彼へと訴えると、アルディは父に向き直った。

「父さん、――解〔わ〕かってください」
 澄んだ青の瞳で懇願されると、アルザスは不服そうに眉を寄せながらブツブツとひとりごちる。
「そういうとこアルディは、私の子どもだとは思えないんだよなあ……ねえ、真面目すぎやしない?」
「放っといてください」
 と。
 愛息に冷たくあしらわれたアルザスは、大仰に情けない顔をして(おや?)と首を傾〔かし〕げる。

「アルディ、この手はなんだい?」
「花束、私から姫に渡しておきましょう」
「ああ……そうだね」

 物分りよく首肯する。
 その態度とは裏腹に、未練のある様子で花束を弄〔もてあそ〕ぶと、「裁き」の大審官は渋々と差し出した。
 何だかんだと言って、非情の「天使」も息子のこの顔には弱いのだ。

「 あ 」

 口にしたのはアルザスだったが、反応はアルディの方が早かった。

「うわっ!」

 彼らが謁見の間に駆け込んだ時、執務室からルディオン皇帝の素っ頓狂〔すっとんきょう〕な叫びと剣の落ちる透き通った音色が響いた。



侵入者謁見! へ。 <・・・ fin.

T EXT
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