企画1-A.侵入者謁見!

■ 連作「王宮小説」の企画番外です ■
コチラの「侵入者謁見!」は、
連作「王宮小説」の番外になります。
某企画にてリクエストがあった
「病弱皇帝とじやじゃ馬姫、新婚当初の話」
として書いたモノです。

 主候の管理する土地に関する書類や荘園の使用許可、大臣の国外出張の経費などなどあらゆる書状に皇帝印を押韻していく手。その手は、まだ若く不器用なくらいに細くて白い。
 謁見〔えっけん〕の間の奥にある、イフリア皇帝の執務室の窓は開け放たれ、大きな白いカーテンがパタパタと風に踊っていた。

「 アル? 」
 ふと、動いた自分の護衛騎士にルディオン皇帝は顔も上げずに声をかける。
 黒騎士も振り返らず、答えた。
「――少し、様子を見てきます」
 公務を司るこの北館がにわかに騒がしくなったのを、護衛騎士の黒騎士・アルディもそして病弱といまだ呼ばれる皇帝・ルディオンも気づいていた。
 ルディオンはただ、暗黙した。
 静かに、黒騎士は皇帝の執務室から退出し、代わりに深紅の胴衣と篭手〔こて〕、それにブーツを履いた剣士が入ってくる。
「姫、では頼みます」
「分かったわ、まかせといて」
 大地色の豊かな長い髪を朱色の紐でまとめた剣士は、鮮やかな緑色の瞳をもった女だった。それも、ルディオンにとっては痛恨の誤算とも呼べる姫……数日前からは妃となった彼の妻だ。
 ポン、ポンと判子〔はんこ〕を押しながら、ルディオンは仏頂面を隠さない。
 彼女は、彼へと近づくとため息をひとつ。

「まだ、怒ってるの?」

「当然 だろ?」
 むっ、と唇をすぼめたルディオンは、行儀悪く卓上へ腰を乗せた女剣士を睨〔にら〕み上げる。
「私の護衛は、アルだけでいい」
 呆れたようにエディエルは頑〔かたく〕なな若い夫を見下ろして、言う。
「バカなこと言わないで。今、わたしがいなかったらどうするの?」
「………」
 本当は、ルディオンにだって分かっている。アルディだけでは咄嗟〔とっさ〕の時――今のような事態になったら、つきっきりで守れない時があることくらいは……せめて、護衛は二人必要だ。
 けれど。
「それは、分かってるさ。でも、エディエルじゃなくたって、ほかの 黒騎士 がいる」

「ダメよ」

 ルディオンのある意味、正当な言い分を彼の年上の妃はむげもなく却下した。
 細い腰に下げた愛剣に触れて、笑う。
 目が冴えるような彼女らしい、表情に見惚〔みと〕れそうになりルディオンはしかつめらしく渋面を作る。

「なんで?」
「理由なんて、聞きたいの?」
 卓上で肘をつき、不機嫌な顔をする皇帝に、その妃はさも不本意だと言わんばかりに眉根を寄せた。
「あんなに、ベッドで言ったのに?」
「は、はぁっ……?!」
 ガタガタッと思わず、椅子からずり落ちそうになってルディオンは持ちこたえた。
 我ながら、こういうコトに関しては運動神経が発達している……と、自嘲気味に思う。
 頬をほんのり赤くして、ルディオンはドギマギと年上の彼女を見上げた。
「それは、その……アレの話?」

「もちろん、アレよ」
 なんの躊躇〔ためら〕いもせずに、こっくりと頷くエディエルにルディオンは絶句する。
「言ったでしょ? 何度も。――好きだ、って」
「――そりゃ、聞いたけどさ」
 納得いかない、と結婚したばかりの若い皇帝は、椅子の背もたれに深々と身を沈める。
 エディエルは、机からひらりと彼の側〔そば〕近くに下り立つと身を屈〔かが〕めた。

 ルディオンの鼻先に、女剣士の顔がある。
 その瞳は、窓からの午後の日差しに逆光となりながら、キラキラと陽気に輝いている。
「アレじゃあ、まだ足りなかった?」
 と。
 エディエルはゆっくりと、唇を寄せた。



 ハッ、と緑の瞳を見開くと、エディエルはルディオンの唇に触れそうで触れなかった唇を動かした。
「 来たわ 」
 呟いたと同時に彼から身を離して、鞘から刀身を抜く。
「エディエル?」
 その彼女の様子に、ルディオンは期待を裏切られた心半分、不審な気配に動揺する心半分で閉じた目を開く。
「待って! すぐ、そこよ。ルディオン」
「うえっ?!」
 キョロキョロと辺りをうかがうと、とりあえずルディオンも剣を手にする。
 あまり扱いはうまくないが、それでもアルディの指南は受けているので下手ではない。

「――なんか、妙だな」
 気配はするが、殺気はない。その相手にルディオンが感想を呟いた。
「そうね」
 エディエルも、同意する。すでに、彼女の感覚は非常時に相対する時のモノではなく、通常の待機態勢に戻っている。違うのは、剣を抜いているコトくらいだ。
「うみゃーん」
「うわっ!」
 いきなり足元を違和感が走り、ルディオンは素っ頓狂な声を上げた。
 カラン、と彼の手から剣が落ちる。
 彼の足にすりついた純白の猫は、まだ生まれて間もない可愛い盛りであるが、
「こっの、バカ猫!」
 首根っこを引っつかむと、若き皇帝は小さな白い客を持ち上げて怒鳴った。
「にー?」
 首を傾げるように鳴く仔猫に、ルディオンははー、と深く息を吐く。

 と。

「 隙アリ 」
 えい、と何かがルディオンの頭上に当たる。
 どうやら、危険なモノではないらしいが……これは花束? というものだろうか。
 侵入者は、身を屈めてちょうどルディオンの落とした剣を拾い上げるトコロだった。
 若々しい姿をした彼は、木漏れ日のような栗色の髪と艶やかな亜麻色の瞳の「天使」。
 これでも、六十を越した男なのだが、どう見繕っても四十くらいか……あるいは、もっと若い青年にしか映らない。
「ダメだよ、皇帝ともあろう方がそんなんじゃあ」
 くすくすと笑って、艶やかな亜麻色の瞳が細く弧を描いて言う。
「父さん……」
 困ったように、アルディが侵入者――司法の「裁き」を司るトラドゥーラ家の長、「裁きの天使」を見つめていた。


*** ***


「――ご結婚、おめでとうございます。皇帝陛下……そして、妃殿下」
 にこり、と優雅に亜麻色の瞳を剣士姿のエディエルに向けると、アルザス・ディエ・トラドゥーラは優しく祝辞を述べた。
 花束は、当然「エディエル」のために用意したモノだ。色とりどりの花を綺麗にデコレートしたソレは、今はエディエルの腕の中に納まっている。
 確かに、キレイだし……いいのだけれど。

 玉座に胡坐〔あぐら〕をかいた皇帝は、肘掛に肘を置き頭を支えて「で?」と、続ける。
 もともと、エディエルに色目を使う彼が、あんまり好きではないせいか、声に棘〔トゲ〕があった。
 おやおや、と目を可笑〔おか〕しそうに開くと、アルザスはちらり、と隣の友人に助けを求める。
「どうしたものかな? デル。皇帝陛下は、ご機嫌ナナメだよ」
「……まあ、仕方ないだろうな」
 長い黒髪に青灰色の冷たい瞳をした凍りつくような容貌の「死神」は、司法の「癒し」を司るアルテア家の長だった。

「おまえが悪い」

 スッパリ、と悪友を両断すると、無表情なまま礼の型を取り、膝を折る。
「ご成婚、おめでとうございます」
 デルハナース・ジン・アルテアの、感情があるんだかないんだか分からない、抑揚のない祝辞にルディオンは、「もう、いいよ」と諦める。
「祝いに来てくれたのは、確かのようだし」
「まあねえ、私たちみたいな「血の色濃き者〔最高審官〕」は、 あの 「妃公示」の席に出席はできませんから」
「――それで、こいつが急に今日 謁見 すると言い出してね……」
 やれやれ、と肩をすくめてみせ、デルハナースはため息をひとつ零〔こぼ〕す。
「そのせいで、えらい 騒ぎ になったがな」
「まあ、いいじゃないか。デル。こういうことは、驚かさないと意味がない」
 キッパリ、と言い切ると、アルザスは天使と呼ばれる穏やかな微笑みを浮かべて、玉座を仰ぐ。
「そうお思いになりませんか? 陛下」

「……まあね」
 彼の言葉に素直に同意するのは、正直気が進まなかった……しかし。若き皇帝は頷いた。
(確かに、普通に祝われるよりは、こっちの方がずーっと 楽しい かもしれない)
 と、ふわりと満足げに笑った。



fin. ・・・> 侵入者謁見! その前。へ。

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