1-10.皇帝覚醒・終
ながい前戯のあと。
出国の挨拶にやってきたリュースベル公爵は、ようやく本題に入れたことに安堵し、ご満悦の様子でイフリア帝国皇子に笑いかけた。
それは、好戦的と呼ばれる深い緑の眼差しで。
皇子は、半ば「強制的」に寝台に半身を埋めた格好で、その挑発を受け止める。
「いいけど」
ルディオンの承諾に、ザスランは礼をひとしきりほどこして立つと、裏地が深緑のマントを翻〔ひるがえ〕した。
「では、いつか必ず決着をつけましょう。皇子……いや、次に会う時は皇帝陛下ですね」
さも、上手くできた冗談だ、とばかりに笑うと、クセのない赤銅の長い髪が背中で細く揺れる。
「ひーめーさーまー!」
ザスランが退室しようと扉に手をかけた時、それよりも先に(無作法にも)開き、その向こうから長身の侍女が悲痛な表情で飛びこんで来た。
「おっと」
と、ザスランが身を引くと、ルーン・ガルは少し頭を下げて、しかし必死の形相のままに騎士装束の姫君を見据える。
「なぁに?」
エディエルは、ご気楽に手などを振ってそれに答え、ひどい顔のルーンに首を傾げた。
ルーンは、泣きたいんだか怒りたいんだか……とにかく複雑な表情で差し迫ると、訴えた。
「聞きましたよっ! 姫さま」
「何を?」
「すっとぼけてもダメですっ! 姫君ともあろうお方が……ああっ、もう!」
どうやら泣きよりも、怒りが上回ったらしい。
その侍女の「怒り」の原因が何なのか、まったく見当のつかないエディエルとしてはさらに首を傾げるしかない。というか、あまりに心当たりがありすぎて、どれが伝わったのか分からないというか。
「だから、何の話よ。ルーン?」
「勝負の話ですよ! 殿方の勝負に割りこんで、あまつさえ勝つなんて!」
苦悩で顔を歪めると、短い黒髪の青年然とした侍女はキッとエディエルを睨んだ。
「ああ、アレ?」
「アレ、じゃありません! アレじゃ!! 少しは自重してくださいっ」
「いいじゃない。負けたんじゃないんだし」
「――アル」
「はい」
目の前で繰り広げられる日常に、ルディオンはおずおずと布団へと潜りこむと訊いた。
「リュースベル公爵は?」
「つい先ほど、退室されました」
少しの間をおいて、皇子がプッと笑う。
物静かな護衛騎士にむかって、目線を上げると、
「彼も慣れているんだね」 おかしそうにそう言う皇子に、アルディは複雑な表情をして、ため息をひとつこぼしてみせた。
そして、いつものように。
「 ひぃめぇさぁまぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ! 」
そういう問題じゃありません、とばかりに泣きすがるルーンの怒声が「いつも」よりも大きめに、イフリアの空に染まっていった。
9 <・・・ 終
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