1-0.皇帝覚醒・序

■ 連作「王宮小説」の番外中編です ■
コチラの中編「王宮小説」は、連作「王宮小説」の
第三連・「シルレント騒動」の約五年後……
第四連・「イベント前夜」の約二年前の話になります。
「皇帝覚醒」だけでもお楽しみいただけるように
書いているつもりですが、
よろしければ連作「王宮小説」もご覧ください。

 穏やかな風が舞う、イフリア帝国の午後。
 いつものように王宮の庭に植えられた木々という木々は、さわさわと心地よさげな葉音を響かせている。
 しかし、今日の王宮内は騒然と女官が立ち惑い、黒騎士の精鋭たちが総動員で警戒に走った。

「 お静かに! 」

 ぐったりとなった皇子を診〔み〕ていた王宮お抱えの主治医・ガリアゲイト博士が駆け込んできた大地の髪の姫に鋭く制止をかける。
「姫、どうぞお気を確かに」
 皇子の自室であるそこで、動揺し、叫んで駆けよろうとするたルディオンの婚約者・エディエルを止めた皇子付きの黒騎士・アルディは、傍らにあるソファへと彼女を落ち着かせるために座らせる。

「でも!」

「大丈夫です」
「でも、襲われたと聞いたわ! 毒を塗った剣で……今日は、ルディオンの誕生セレモニーで、人の出入りが激しくて、警備も難しいって貴方もこぼしてたじゃないの!!」
 アルディは心底、申し訳なさそうに姫の肩を支えた。
「申し訳ありません……姫を不安がらせるつもりは――」
「分かってる! でも、ルディオンはもともと身体が丈夫じゃないからっ、毒なんか塗った剣で切られたら、わたしっ! イヤなのよ、こんなのっ」
 いつもは溌剌〔はつらつ〕として、元気すぎるくらいの姫がその緑の瞳を泣きそうに歪めた。
 いや、事実頬は濡れている。
 この部屋まで駆けつけるまでに零れた涙だ。
「アル、こんなの、全然 わたし じゃないでしょう?」

 問われて、アルディは困った。
 まさか、そうですね……と肯定するワケにもいかない。
 ちらり、と姫は診察をされている皇子を見て、震〔ふる〕えた。
「本当に、大丈夫なの?」
「はい、それは……」

 ちょうど、診察を終えた主治医がエディエルに近づいて言った。
「エディエル姫、先ほどの無礼をお許しください。――ルディオン殿下は、 ただの いつもの 熱ですからご安心を」
「 え? 」
 顔を上げたエディエルは、目を見開いて顎に白鬢〔はくびん〕を蓄〔たくわ〕えた老医師を凝視する。
「そう、今回の場合はこのところの過密な公務と逆恨みに近い国教信者に襲われたことで、少し熱が高くなってますが……」
 明らかに いつもの発熱 だと、彼は請け負った。
 ぽかん、としていたエディエルはふと目をすがめた。
「どういうこと? アル」
「はあ……じつは――」


*** ***


 数十分前。
 誕生セレモニーで午前中のスケジュールだった ハズ のパレードをなんとか午後過ぎに終えたルディオンが、四頭の白馬が牽〔ひ〕く馬車で王宮に戻った時のこと――。
「ルディ様……顔色が――」
 頬を赤らめたルディオンが、「言うな」とばかりに自分付きの黒騎士を睨む。
「 平気だ……なんとかなる!」
 元来、負けず嫌いのきらいがある皇子は、言い、事実力強い足取りで王宮の中を歩いた。
 いつもは一般市民の入場を規制している場所ではあったが、今日は式典ということもあり、見物人の壁が道を作るように並んでいる。
「あとは、ぼくの挨拶 だけ だろう?」
 と。
 突然、悲鳴が響いた。
 見物人の壁から一人の、暗い目をした男が飛び出してくる。
「――っまえさえいなければっ!」
 その男はなりふり構わずにルディオンへと短剣を振りかざす。
 しかし。
「 うわっ 」
 スピードは男の足がもつれているせいもあり遅かった。
 身を反〔そ〕らして、その剣をやりすごそうとしたルディオンはそのまま尻餅をつく。

 チィン!

 次の瞬間、アルディの手が男の手を捕らえ、籠手〔こて〕が短剣を止めていた。
「――大丈夫ですか?」
 振り向く護衛騎士に、皇子は尻餅をついた格好で頷〔うなず〕く。
「ああ、助かっ……」
 と。
 ルディオンは顔を上げようとして、できなかった。
( あ )
 そう思った時には、すでに彼の世界は歪んでいた……。



 ふかふかの寝台で身を怯〔ひる〕ませたルディオンは、ハッとするとびくりと飛び起きる。
「 あいさつっ! 」
「バカっ!」
 飛び起きた少年の肩を掴み、そのままふたたび寝台へと押し付けたエディエルは怒鳴った。
「寝てなさい!」
 めずらしいほどの剣幕で睨みおろされたルディオンは、ポカンとただ彼女を見た。
「どうしたの? エディエル」
「挨拶はまた、日を改めてすることに決定したわ。だから、今は 安静 にしなさいですって!」
 不機嫌な様子の婚約者に意味が分からず、しかし「挨拶延期」の事実だけは理解できてルディオンは顔をしかめた。
 毎年、このセレモニーは 「籠〔かご〕の鳥」 である自分の、唯一の公務である。
 にもかかわらず、今まで最後までやり終えた記憶がない。
 大抵、日がくるまでに体調を崩し、良くても途中で記憶がなくなる……。
(――今年こそは、大丈夫だと思っていたのに)
 しかも、今は腕を組んだエディエルが仁王立ちで凄〔すご〕んでくるではないか!
(……ああ、なんかすっごく気分が悪い!)
 ぷん、と拗〔す〕ねて上布団を頭からかぶった。

 そんなルディオンを見て、エディエルはある決意をしっかりとしていた。
 脅迫要素はある――。
(協力してもらうわよ、覚悟なさい)
 フッ、と不敵に微笑んでエディエルは乾いた涙に涼やかな風を感じた。



序 ・・・>

T EXT
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