2−5.宇宙の彼方とこの世の果て (日誌掲載日:2006,12,10/2006,12,13/2006,12,20/2006,12,24)
『 バッカじゃないの?! 』
「なんでだよ」
相変わらずの彼女の声に、危機的状況の母船に残ったセイリアは笑ってしまった。
『ソレ、理由を言わなきゃわかんないあたり かなり 重症だと思うの。一体、どういうつもりなのよ』
「爆発を止める」
『は? 本気? 採算はあるワケ?』
「いや、ない。だから、大佐たちには離れてもらったんだ」
通信機の向こうの気配が明らかに冷えたのを、セイリアは感じた。
『呆れた。信じられないバカよ、あんたって……死ぬ気?』
「まさか。ただ、俺がこれから生きるためには 必要 なんだよ――J」
『なによ?』
やけにあらたまった声に、訝しむ彼女。
「 生きてたら、おまえと結婚してやるよ 」
『 はっ?! 』
何言うのよっ、と動揺したJにくすくすと笑って、セイリアは心が静かに澄んでいくのがわかった。
「爆発〔コレ〕が止められたら、何でもできる気がするんだ。だから」
『だからって何よ! 何でもできるって……どういう意味よっ?!』
失礼しちゃう、と憤る彼女の向こうから、カラカラと笑うK〔キング〕が通信を代わった。
『はっはあ! Jをもらってくれるってか? ありがたい。なあ、Q』
『はい、サー。レディには勿体無いお話です』
『ちょっと!』『待ちなさいよっ!』などなど。
ぎゃんぎゃんと後ろでわめくJを放置して、Kは続けた。
『じゃあ、婚約祝いに俺たちから いい 情報をやろう。ジャック』
『「クインサーガ」に挿入された爆破プログラムは遮断。あとは独自カイロで爆破させるシステムを停止させれば爆発は阻止されます――プリンス』
『 なっ! 』
通信機の向こうでJの一際大きな声が、Qの文字通りの 爆弾 発言に反応した。
『キューちゃん、いつの間にそんなことしてるのよ! ビックリするじゃないっ』
『つい先刻、あちらのコンピューターにお邪魔した時に。……時間が余ったので サービス です、レディ』
『サービスじゃ ぬぁいっ! 』
JとQのやりあいを遠くに追いやって、Kが『そういうことだ』と告げた。
『肝心のカイロの場所は特定できないが――見当はつくか?』
「たぶん」
セイリアは呆然と呟き、『健闘を祈る』と届いた三人(?)三様の声に感謝して通信を切った。
「あいつ、大丈夫かしら」
Jが気遣わしげに口にしたのを、ニヤニヤとKが聞きとがめた。
「なんだなんだ? もうダンナの心配してるのか?」
「ち、ちがうわよ! パパのバカっ」
「パパはよせ……」
心底嫌そうなKに、Qが抑揚のない相変わらずの口調で述べた。
「レディの貴重な結婚相手です。生きていただかなければサービスした甲斐がありません」
「そりゃ、そうだ」
さもありなんと、カラリと笑って父親は無責任に同意した。
って、ちょっと待って!
「 勝手に決めるなぁっ! 」
(ピー、悪いけど宇宙の塵〔チリ〕となって! ――死んでっ)
Jは渾身の力で絶叫した。
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ゾクッ、と背中に殺気を覚えて、セイリアは後ろをかえりみた。
(いま、誰かに 思いっきり 悪態をつかれたような……?)
気のせいか、と思いなおしゆっくりと静かな船内を歩いた。Qの言葉通りに連続して起こっていた船内の爆発は、止まっていた。
「クインサーガ」を管轄するシステムコンピューターは生きているらしく、司令室の扉の前に立つとシュンという音とともに開く。
メインコンピューターのある、この場所。
爆弾の親玉は、きっとここのどこかに息をひそめているだろうとセイリアは感じていた――。
「大佐! 「クインサーガ」から通信が入りました」
「繋げろ」
「了解」
サンウィーロが許可を出すより早く、前面の大きなディスプレイに映像が映し出された。
『申し訳ありませんでした、大佐』
らしくない不似合いな殊勝な少年の態度に、サンウィーロは苦く笑って指令船「マウ」の指令室の一番高い椅子に座った格好で行儀悪く片足を手前に投げ出し組んだ。
「マウ」の母船である「クインサーガ」のひっそりとした司令室で一人立っている銀髪の少年は、端正な顔を前に向けて唇を引き結んでいる。
言葉を捜しているのかも、しれなかった。
「爆弾は?」
サンウィーロが訊くと、ゆっくりと口にする。
『排除しました』
「連鎖システムは解除されたんだな……どうやったかは知らないが」
通信を仕掛けてきた時点で、サンウィーロはホッとしていた。
「生還してくれて、よかった。セイリア」
『 ありがとうございます、大佐 』
深く一礼をして、セイリアは軍の中で「ジキルの末裔」としてふたたび歩き出す覚悟を決めた。
「クインサーガ」の爆破事故と、それに関連する騒動は機密扱いながら宇宙連邦軍の中では有名な話として噂された。
発端となった小さな船の事故の唯一の生還者であり、「クインサーガ」爆破事故を止めた彼は、その身体的特徴からだけでなく「ジキル」の末裔だと認められることになる。
それが、自作自演だという噂もなくはなかったが……どちらにしても 彼らにとって 畏怖の対象である「ジキル」の末裔にはちがいない。
戻ってきたのは――手厚い庇護と、異例の待遇。
敵も変わらず多い日々。
「セイリア……セイリア!」
大佐・サンウィーロの呼びかけに、副官であるフェイが答える。
会議室の円卓で、彼はピクリとも動かなかった。
「寝ております」
「――仕方ないヤツだな」
候補生という立場でありながら、軍最高位の会議にも招集される少年。
会議までは、まだいくらかの時間がある。
あとしばらくは、寝かせておいてもいいだろう。
「フェイ、こいつは瞬く間に出世するぞ。本人が望もうと望むまいとな……軍の上が放っておかん」
「同意します、大佐」
褐色の目を細めて、サンウィーロはそんな落ち着いた副官に口の端を上げた。
「なにしろ、「 ジキルの末裔 」だからな」
「……大佐は、本当に そう だと考えられているのですか?」
慎重に口にして、フェイは上官を見上げた。
「さあな。私には関係のない話だ」
そう、銀髪の少年の寝顔を見下ろして……サンウィーロはその彼の耳に見覚えのないピアスがはまっているのを発見した。
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