2−4.さよなら、ジョーカー! (日誌掲載日:2006,10,24/2006,10,25/2006,10,29)
耳打ちをされてJ〔ジェイ〕は、かの少年のおキレイな顔を睨みつけた。
先ほどの赤毛の大佐とのやりとりから、プリンスが記憶を取り戻したのはなんとなく察している。
つまりは、「軍人」としての記憶も取り戻してるハズだ。
(軍人はキライよ。融通がきかなくて、横暴で、簡単に人を騙す――信用したら、バカを見るのはいつもコッチ……)
「J、お別れの最後の合図だ。派手に頼むよ……できるだけね」
深い青の瞳はそう言って、強く笑った。
「――わかったわ。仲間として、協力する。それで、軍人〔敵〕と泥棒〔味方〕に戻るってワケね?」
Jは嘆息して、それと同時に船内でまた爆音が響いた。
耳の通信機に手をやって、呼ぶ。
『 パパ 』
コックピットで煙草をふかしていたK〔キング〕は密かに二人を乗せた宇宙連邦軍の船を追っていた。異変が起きた直後にかかってきた娘からの声にただならぬ雰囲気を嗅ぎ取った。
「パパはよせ、パパは」
『訂正してる暇はないの……聞こえてるんなら、それでいいのよ。何も訊かずに、今から言う場所を 爆破 して』
何かあったな、とは思ったが、予想以上に緊迫しているらしい。
「了解、J。30秒後に爆破する」
『 お願い 』
プツリ、とJからの通信が切れて、足元を転がる銀色の球体にKは足をかけて、止める。
ポンポーン、と跳ねたQ〔キュー〕は彼の指示を促した。
「御用ですか、サー」
「ああ。緊急だ……あの船で何が起こっているか、探ってくれ。20秒以内」
「了解〔ラジャー〕、サー」
宙に浮く翼竜型に変化して、Qは青みががった銀色のフォルムを静かに発光させた。
駆逐艦「クインサーガ」に搭載された一人乗り用の最新型戦闘機に乗ったJに、セイリアは低く笑った。
「とうとう一機、おまえに渡すハメになったな」
むっ、としかめっ面で防護ガラスのはめこまれた頑丈な扉に手をついた少年を睨んだ。
「なによ、アンタが乗れって言ったんでしょ!」
「大丈夫、大佐は嘘はつかない。めずらしい方の軍人だから」
「……わかってるわよ」
チラ、と下で何食わぬ顔でコチラをうかがっている赤髪の長身は、おおよその経緯を察しているのだろう。軍人である彼女が泥棒とわかっている人間を見逃すとすれば、それ以上の危機的状況でしかありえない。
もちろん、危機的状況を脱したあととなれば話は別だが。
「ピー、思い出したの?」
はっきりと彼の口から聞いていなかったJは、まだどこかで割り切れないでいた。仲間なのか、敵なのか――。
「うん。俺の名はセイ・フェリア……セイ・フェリア・クロスコード」
「セイ……コレ、あげるわ。お別れのしるし」
そう言って、自分の耳からピアスを外すとセイリアに持たせる。
驚く彼を退けて、扉を閉じる。
それから、二度と彼女は彼の方を見なかった。
Jがどんな表情をしていたのか、セイリアには判らない。
手に残されたピアスを無造作にポケットに入れて、彼女の乗る戦闘機から離れた。
「セイリア」
「はい、今行きます」
サンウィーロに促され、セイリアは踵を返すと脱出のための中型指令船へと搭乗口に向かった。
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警報ランプが点滅して、母船「クインサーガ」の船体が傾〔かし〕いだ。
真空空間に破壊された装甲や固定されずにいた道具類が吸い込まれ、視界から消えていく。
ハッチの一部に空いた大きな穴から、小型機が飛び出していくのが司令室のディスプレイに映し出された。
サンウィーロは指令船「マウ」の船長席に腰を下ろしてそれを黙認すると、司令室に入ってきたフェイ・ウーに訊いた。
「全員が乗りこむまでにどれくらいかかる?」
「約5分」
「3分で完了させろ。いつ大きな爆発があるか予測できない上は、できるだけ早く離れた方がいいだろう」
「同意です。3分で完了させます、大佐」
「頼む」
まっすぐにディスプレイを睨んだままのサンウィーロに、フェイは手短に礼をつくして、ふたたび司令室から出ていった。
3分後、動き出した指令船でようやくサンウィーロは息をついた。
小さな爆発は断続的に母船の中で起こっているようだったが、最悪の事態は免れたというべきだろう。
「セイリア……セイリア?」
頭の中にもたげはじめた疑問を問いただそうと呼んだ時、ザワリと胸が騒いだ。
確かに、司令室にいたはずの銀髪の少年の姿が見えない。
「フェイ、セイリアはどこにいる?」
大佐の表情に、中佐も尋常ならざる気配を感じた。
「3分前にここですれ違ったあとは、見ていません。おかしいですね?」
唇に指をあてて考え、フェイはすれ違った時のことを思い出す。
あれは、司令室〔ここ〕を出ていく姿ではなかったか?
「大佐、彼は……」
「ああ。嫌な予感がする。彼はもう、この船には乗っていない」
そうは考えられても、動き出した船を戻すことはサンウィーロにはできなかった。
一人の命のために、部下全員の命を危険に晒すことなど……この場で最高の責任を有する自分がとれる行動ではなかった。
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