2−3.失われた記憶 (日誌掲載日:2006,9,7/2006,9,12/2006,9,19/2006,9,25)
ごん!
思いっきり、後頭部に頭突きをくらったプリンスは目の前に星が散るのを見た。
「ってー! なにすんだよっ」
「 バカ 」
って、またバカ呼ばわりかよ……と思いつつ、プリンスは怒り狂ったJを見た。
「ホント、バッカじゃないのっ。こんな場面でアンタだけ残して行けるワケないじゃないのよ!」
「俺は大丈夫だよ。捕まったって、泥棒よりはマシだから」
「くぁ! バカにしてっ、泥棒じゃなくて 大泥棒 だってば!!」
Jはプリンスの胸倉に掴みかかると、「それにね」と続けた。
「パパにも言われてるのよ。アンタが……」
「俺が?」
不思議そうな少年の深い青の瞳がJのすぐそばにあった。
もちろん、それは当然のことである。
が。
思わず、Jは慌てた。バッと手を離そうとして制される。
「 動くな! 」
短銃を構えたサンウィーロの脇に立つ、長い黒髪を結い上げた軍服の女性が鋭く声を上げる。
「え、えっ?!」
と、離しかけた手をふたたび掴んで、プリンスと顔を見合わせる。
Jの目を見て、彼も首を振った。
「ピー、アンタって命狙われる心当たりってある?」
「………」
少し、息を呑む彼の息遣いを知って、Jも思わずゴクリと喉を鳴らした。
ガァァァン!
天井の高いその場所に、銃声が短くこだました。
そろそろと目を開けて、Jはプリンスを見る。
横に倒れた二人は重なるように転がって、あろうことかJが彼を押し倒した格好だった。
「オマエ、俺を襲ってどうする気?」
「うぎゃっ!」
彼の意地悪な囁きに飛びのいて、Jはハッとする。
続けざまに、パンパンパンと銃声が鳴ってドォンと大きな爆音が違う場所で起こった。大きく船体が傾いで、周囲を取り巻いていた連邦軍の隊列にも乱れが生じた。
「セイリア!」
サンウィーロの言葉にJがふり向くと、プリンスは逃げようとする人影を追っかけて、負傷して動きの鈍くなったそれに飛びかかる。
ごろごろと転がって、何度か拳の応酬をしたあと捕まえた腕を捻〔ひね〕り上げて取り押さえたようだった。
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気味の悪い笑みを、男は作った。
宇宙連邦軍の軍服を着て、確かに軍人たる教育を受けている身のこなしなのに腐っている。
「へへっ」と気色の悪い声を立てて、笑う。
「 セイリア 」
サンウィーロ大佐がやってきて、男を捕らえた少年の表情に立ち止まる。
「大佐、さっきの爆音は――」
「ああ。どこかに爆弾をしかけられていたらしいな。一応、ウーに被害確認を任せた……状況によっては、救助要請を出すつもりだが」
男を掴む少年の手が強く握り締められ、「ダメです」と呟いた。
「通信システムは使えません。それに、救命カプセルも…… アレ は仕掛けた爆弾〔マザーボム〕と連動してるんだ」
セイリアは絶望的に口にして、強張る女大佐を静かに見上げた。
金色に輝く褐色の瞳を見開いたサンウィーロは、訊いた。
「思い出したのか? セイリア」
「たぶん。あの……爆音で」
皮肉そうに唇の端を上げて俯くと、銀色の髪が彼の目に落ち帳のように視界を閉ざした。
セイ・フェリア・クロスコード――それが、忘れていた 自分 の名前。
悪夢のような連鎖を起こす爆音の中呼ばれた、セイリアという名前に嫌悪した。
最初の爆発は一回だけ、それが救命信号を送り軍部一般に浸透しているマニュアルの手順を踏むごとに連鎖を重ねると気付いたときには遅かった。
救命カプセルで助かるのは 一人 しか無理だと分かった時、優先順位の先頭にあったのが自分の名前だった。
一際大きく傾〔かし〕ぐ船体。
首を振った。
人のよさそうな(実際、超がつくほどのお人よしでクソ真面目な)黒の瞳が、切羽詰った船の中でピンと研ぎ澄む静かな声で決断した。
「君はジキルの末裔だろう、セイリア。私たちが死のうとも軍にとってはさしたる損失ではない。が、 君 は違う」
( ちがう! )
と、喉の奥から言葉が競り上がってきた。
セイリアが口にする前に司令官である彼は笑って左手を上げて止め、集まっていた部下の中からセイリアに一番年近いと思われる男からIDチップを渡すようにと命じた。
そして、セイリアのチップと交換する。
「東條大佐……違います」
地球国籍の大佐は穏やかなままに救命カプセルへとセイリアを促すと、口元に指をあてて黙るように忠告した。
「グッド・ラック。ジキルの末裔に幸運を――」
動くことができなかった。
『 狙われているのは、君だろう? ならば、私たちは敵にせめてもの報いを与えねば気がすまない。生きろ。 』
生きて、戦うんだ。セイリア。
たぶん、彼は知っていた。セイリアがジキルの末裔でないことを――。
軍部の最高幹部であるクロスコード大将が、親無し子を養子にしたのは有名な話だった。その子どもが六十年前に宇宙連邦軍と敵対していたジキルの特徴を受け継いでいたことも……ジキルは特殊な能力集団で、たとえ一人でも戦力にすれば星ひとつを滅ぼすことができると信じられていた。
ただ謎も多く、銀髪で青い瞳だという以外は詳しい情報が何もない。
六十年前の大きな戦争以降、忽然と消えた種族は滅びたと軍が吹聴しながら、血眼になって末裔を探している生きた兵器でもあった。
だから、セイリアの容貌は丁重に庇護されながら、逆に命を狙われる。
「俺には、なんの力もないのに……」
そう、船ひとつ救えない。
ジキルの力があるとすれば、こんな爆発など食い止めることができたはずだ。
閉じられていく扉、窓ガラスから遠のいていく船が大きな爆音とともに炎に包まれ、消えるのを記憶の向こうに感じて、セイリアは自分のなんの変哲もない手のひらをギュッと握り締めた。
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「どうする? セイリア」とサンウィーロに問われ、セイリアは考えた。
「もし、大佐が目を瞑って下さるのなら……ひとつだけ、方法があります」
「いいだろう」
即決でサンウィーロは答え、カラリと笑った。
「諦めるより、ずっといい」
こくり、と頷き、セイリアはこの時ようやく 自分 を取り戻すことができた。
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