2−2.そして疑惑は確信に (日誌掲載日:2006,8,24/2006,8,27/2006,8,30/2006,9,2)


『――そうだとすれば、勿論こちらとしても気が楽です。セイリアの恩人を逮捕したくはありません』
 その船は有名な 泥棒 ですから……と、宇宙連邦軍の女大佐は気味が悪いほど 優しく 笑い返した。



 Jからの連絡に、彼女の父親である「 大泥棒 」K〔キング〕は『はっはぁ!』とピアス型の小型通信機からお気楽に笑ってみせた。
「パパ! 面白がっている場合?!」
『――パパじゃねえ』
 心底嫌そうな男の声が言った。
 やれやれ、と娘は肩をすくめて、「そんなとこだけ気にするんだから」と呆れた。
『最重要ポイントだろうが……何か、問題か?』
「……大アリじゃないの。ピーにああは言ったけど、わたしが宇宙連邦軍についていっていいものなのか、疑問だわ」
 そう。
 勢いで……だって、他人行儀にされると腹が立つんだから仕方ないじゃない?! せっかく、仲間だと思ってるのに! 見返りもないまま、手離してなるものか……とつい、先走ってしまったのだ。
( わたしのバカ )
 プリンスの記憶喪失という問題が大きいとは言え、それは彼の所属する軍に引き渡してしまえば泥棒ファミリーである自分たちとは関係ないことのように思う。
 むしろ、長居をするよりはサッサと別れた方が得策かもしれない。
(ピーより、わたしの方が危険じゃない)
 と、Jは自らの行動に後悔をはじめていた。

 しかし。

『いや――』
 彼女の父親であるKは無線機の向こうで思慮深く、娘の行動を支持した。
『そんなに悪い選択じゃないだろう。ジャックは……ああ、なんだっけ? 本当の名前分かったんだったな?』
「セイリア」
『セイリア? ちっ、覚えにくい名前じゃねえか。ジャックのままでいいか……とにかく、ヤツにはまだ おまえ が必要だよ』
「どういう意味よ?」

『おまえの無償の がな? J』

( はっ?! )



「なっ、なんでわたしがっ?!」

 思わず大きな声で叫んでしまって、一人個室に篭〔こも〕っていたJは真っ赤な顔のまま、口をつぐんだ。
 くっくっくっと低く笑う声が、彼女の耳元に小さく忍びこんでくる。
『軍とは関係のないおまえが必要だってコトだよ……たぶん、「セイリア」には敵がいる』
「え? それってどういう……」
 よく聞け、とKは言って、しかし『驚くなよ』と慎重な前置きをした。

『 あいつは、殺されかけたんだ 』

「 なっ?! 」
 叫びかけ、Jは何とかそれを堪えた。



 個室、から疲労して出てきた少女を待っていたのは女大佐だった。
 都市惑星ヘイデンの宇宙連邦軍支部局から、本部のある星までは十光年も離れていないが移動にはそれなりに時間がかかる。セイリアの恩人であるジャクリム・ロランもとりあえずは本部に呼ばれることになったのだ。
「しかし、残念だな。貴女のお父上もお呼びしたかったのですが……お仕事とは」
「ええ。パパは気まぐれなところがあって、時々ふらりと出て行くんです。かと思えば、ピー……じゃなかった。セイリアの時にみたいに一緒に連れて行ってくれることもあるんですけれど」
 困ったようなフリをして嘯〔うそぶ〕く。
 Jは、大佐の表情を注意深く観察し、首尾よく信じてもらえているかを確認した。

 しかし。

「そうですか」
 と、頷くサンウィーロからは必要な情報を受け取ることはできなかった。
(一応は信じているフリ、ってトコロかしら?)
 考えて、Jは赤髪の短い髪と鋭く光る褐色の瞳の彼女を見上げて、それでも軍人の中では筋の通っている部類に入ると思った。

 敵陣視察――情報収集は怠らないほうがいい。

「大佐……あの。宇宙連邦軍ってどんなトコロですか?」
 単刀直入に訊いてみる。
 すると、赤髪の長身の彼女はおかしそうに長く伸ばした前髪をかき上げた。
「そうだなあ――混沌としている「 カオス 」」
 と、意味深に口の端を上げた。



 どういうトコなのよ、それって。

 サンウィーロの口にした 答え で、Jにとって宇宙連邦軍という場所が さらに 得体の知れないものになった。
 まるで、捕まったワケでもないのに(一応、名目上は恩人になっている)、一足早く囚人になった気分だった。
「これじゃ、まるで監視されているみたいだし」
 いや、事実監視されているのだろうと思うと、下手に動くことも難しかった。
 Jに用意された部屋は、サンウィーロの指揮下にある駆逐艦「クインサーガ」内にある個室。賓客用の部屋なのか、調度品は質がよくてベッドもふかふかだった。
 しかし、一歩部屋を出ればそこかしこに軍人がウロウロしているし、要所要所には監視カメラが取りつけられていた。
 ザッと見た感触だが、とりあえずこの部屋にその類はないらしいのが、救いだろうか。

 コンコン。

 と、扉が叩かれて、Jはビクリ、と緊張した。
「ミス・ロラン」
 彼はそう彼女を呼んで、「入っていい?」と訊ねた。


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 どさり、と目の前に下ろされた食材にJは困惑顔で目の前の見慣れた銀髪に戻った白い軍服姿の少年を見た。
「何をしに来たかと思えば」
 ムッ、とセイリアことプリンスは目を細め、どかりとその場に座りこむ。
「Jにそんなことを言われるとは思わなかった。自分が買ったモノだろう? 折角、人が持ってきてやったのに――」
「何よ?」
 確かに、お金を払って買ったモノだから、未練はあった。しかし、今、プリンスがわざわざ持ってきたことに何らかの 愉快じゃない 思惑が見てとれる。

「 Jはやっぱり本部まで来ない方がいいと思う 」

「ココから逃げろって? 無理よ」
 すでに連邦軍人に取り囲まれた状況で、逃げようとする方が自殺行為だと思う。
「大丈夫。K〔キング〕とは通信できるんだろ? 足の場所なら把握してるから」
「……それって、わたしに戦闘機を一機用意するってコトなの?」
 思わず、声が弾みそうになって(イカンイカン)とJは自分をたしなめた。
(浮かれてどうするのよ、浮かれて)
「無茶だわ」
 彼女の慎重な物言いに、彼はくすくすと笑って言った。
 さも当たり前と言うふうに。

無謀 は君の専売特許だろ? J」
 って。どういう意味よっ、失礼な。



 食材を大きな風呂敷に包んで背中に担いだJは、周囲を取り巻く視線に前を行く白い軍服の少年に訊いた。
「ちょっとちょっとちょっとー」
「うるさいな」
 と、あからさまに不快を示したプリンスにJだって不服だった。
 どう考えても、今の自分の格好は不審だ。夜逃げします、って札を貼って歩いているようなモノだから……なのに、取り囲む連邦軍の軍人は不審な目を向けるものの、口にはせず彼らを簡単にハッチへと通した。
(何かの、罠なんじゃないの?)
 Jは訝しみ……整った少年の顔を疑わしく斜めから見上げた。
(コイツだって、軍人なんだし)
 そんなJの考えを見透かしてか、プリンスはくすり、と口の端を上げた。

 そして、――彼女を背中に匿った。

「さあ、行って」

 ハッチに入ってきた女大佐と二人を取り囲むように配置された銃を構える軍人に静かに立ち向かい、プリンスはJに別れの言葉を一言、小さく呟いた。

 ――グッドラック、と。
 一番、嫌いだったその言葉は自分で口にしてみると、案外悪くない気がした。



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