2−0.人を隠すには、都市の中 (日誌掲載日:2006,6,4/2006,6,9/2006,6,14)
都市惑星、ヘイデン。裏通りは、下品なジョークの宝庫だ。
「よお! K〔キング〕、羽振りはどうだい?」
「久しぶりじゃねーか……なんだ、子どもを作ってたのか」
「今度の子は美人だねえ! こりゃ、いい値がつくぜ」
ギロッ、とJに睨まれて、男は肩をすくめた。
「いや。男にしておくにはもったいないっていう意味だがな……怒るなよ。お嬢」
「べつに、怒ってないわよ。ちょっと、男ってヤツはって思っただけだわ」
しかし、Jとしても隣を歩くプリンスが目立つのは仕方ないと思っていた。
目立ちすぎる銀髪は黒く染めてはみたものの、その類稀な美貌は「少年」のあどけなさを残しているにもかかわらず無駄に人の目を惹きつけ、目の覚めるような深い青の瞳は一端視覚に入ってしまえば離すことができなくなる。
(人を隠すには、都市〔まち〕の中とはよく言ったものだけど……)
今回ばかりは、無謀だったかもしれない。
ボスッ、とKが野球帽をプリンスに目深にかぶらせた。
プリンスも自覚しているのか、縁〔へり〕を指で掴むと手前に引く。
たとえ、無謀でもやらなければ前に進むことはできない。
この都市でなければ、入らない情報も結構ある……Jたちは、親しげに声をかけてくる 一見 友好的なご同業者たちを適当にあしらって細く続く路地の先を急いだ。
映し出されたIDチップに内蔵されていた写真を見て、プリンスは瞠目した。
「どぉお? ピー」
「……うん」
ひょい、と覗きこまれて、プリンスは考えこんでいた目を上げて唇を指でなぞった。
「 俺 じゃないのは、 確か だな」
と、ごく真剣に呟いた。
ぱかん、とマヌケにいい響きで後頭部をJに殴られる。どうも、その辺にあったお菓子の蓋らしい。
「痛いよ、J」
深い青の瞳は彼女を非難したが、音のわりには痛みはそれほどでもないらしい。涼しい表情〔かお〕をしている。
なので、Jの方も彼の非難は無視した。
「 そんなこたー分かってるのよ! 」
どう整形をしたと考えても、それはプリンスに似ても似つかぬ軍人だった。髪と瞳は茶色で、肌は黄色系……年齢も、十は離れているかもしれない。
「あんたなんかより、ずーっとイイ感じに人がよさそうじゃないさ!!」
少し垂れ目で、優しそうな面立ち……そして、ごく平凡そうな青年だった。
良くも悪くも目立つ プリンス とは、ちがう。
「本当に見覚えはないワケ?!」
「いや。見覚えはある」
「なっ?」
がくん、と思わず膝を落としかけて、Jは息を深く吸いこんだ。
そこで、その場にいた古馴染みである店の主人とK、Q、プリンスも耳を塞いだ。ちなみに、Qの場合は、聴覚機能の音量調整設定を最小にした。
「ジャック」
「……はい。K〔キング〕」
「 だったら、最初に言いやがれーっ! 」
「なんで、言わなかった?」
「……訊かれなかったので」
「 そこ、静かに話をすすめるなーっ!! 」
「なるほど。道理にかなってるな」
「すみません。それに、ちょっと動揺したっていうのも、あります」
「ジャクリー……だ、そうだ。許してやれよ」
「なっ、なによっ!!」
絶叫し続けたJは流石に疲れたらしく、ゼハゼハと肩で息をした。
コロコロと足元に転がってきた球体のQは、彼女にひとつ忠告した。
「レディ、エネルギーの使いすぎは身体によくありません」
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ドコーン! と何かが破壊される音が鳴り響いた。
「相変わらず、都市惑星〔ここ〕は騒がしいな?」
と、事故船の捜索という任務からひとまず解放された宇宙連邦軍、駆逐艦「クインサーガ」の艦長エリス・サンウィーロは朱の短い髪の間から褐色の瞳を細めた。
「治めにに行きますか? サンウィーロ大佐」
「放っておけ。自分たちで何とかするだろう」
この程度、とサンウィーロは興味もなさそうに言って、後ろに控えている副官フェイ・ウーに目を瞬〔しばた〕かせた。
「それにしても、よく買ったな」
「ええ。唯一の楽しみですから――大佐の分もコーディネイトしましたよ?」
「……いや。私は」
と、サンウィーロは躊躇〔ためら〕い、(ウー中佐の選ぶ服は、どうも苦手だ)と心の中で呟く。
深いスリットの入った細身のスカートやら、やけにぴったりとした薄いワンピースとか……とにかく、動きにくいことこの上ないのだ。軍人服を普段から愛用している彼女からすれば、もはやそれは着るべき「服」ではなかった。
(下着……いや、裸で歩いているようなモノだな。アレは)
苦みきった表情で、嬉しそうな副官の彼女を眺めた。
ボロい店内を縦横無尽に跳ね回ったあとのQは、静かに転がった。
「………」
エネルギー消費は最小限。しかし、メカオタクの彼女の蹴りはあまり、受けるモノではない。絶望的な機能障害を起こしかねない……という思考が働いたのか、寡黙に徹した。
「 夢? 」
プリンスの発した言葉に、Jは難しそうに唇を曲げて「あてにできるの?」と訊いた。
すると、深い青の瞳は涼やかに彼女を見下して、
「知るわけないだろ」
と、鼻で笑った。
「………」
怖いもの知らず……とは、どこにでもいるものですね。
ふっとJは微笑うと、ギロッと現在は黒髪に深い青の瞳の少年へ凄む。
「アンタって、なんでそんな 態度 なのっ?!」
可愛くない! と指をさす彼女に、唇を引いてプリンスは無視した。
「で。この人は……今も連邦軍にいるんですか?」
「――いや。殉職しているな……それも、つい最近」
店の主人はそう言うと、ディスプレイに表示された内容を客に見せた。
子ども達二人の険悪なじゃれ合い(というか、Jが一人息巻いているとも言う)を傍観しつつ、Kは「ふむ」と見定める。
「事故か。詳細は?」
「……ないですね。事故があった場所も原因も不明。いまだ、機密事項扱いときています」
「奇妙だな」
Kは口にして、笑みを浮かべる。
(そう言えば、もうひとつ 奇妙 なことがあった)
事故があったにせよ、捜索にあたった駆逐艦が3基とは……あまりに豪儀じゃないか?
「――これは、とんだ お姫さま なのかもしれないな……」
と、考えこんでいる黒髪のプリンスを見下ろして、Kは顎鬚〔あごひげ〕をおかしそうになぞった。
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