1−6.王子様は眠らない! (日誌掲載日:2006,2,14/2006,3,6/2006,4,25/2006,5,30)
がーん、とJはショックを受けた。
「パパのせいだからねっ!」
父親の首にすがりつきながら、怒った。
「なんでだよ……じゃんけんに負けたのは、おまえだろう? ジャクリー」
「それがおかしいのよ! もうもうっ、フツーこういうことをじゃんけんで決める?!」
「……失礼。レディ、サーに 常識 を求めるのはいささか不毛かと思われますが?」
翼竜型の飛翔するQを睨み上げて、Jは「すんごく説得力のあるツッコミをありがと!」と勢いのままに口にした。
くっくっくっ、と笑う父親に、心底呆れてその首から降りる。
「やっぱりパパは 娘 なんか欲しくなかったのよね」
今回の家出の発端ともなる一言を思い出して、Jは俯いた。
『女々しいぞ、J。まあ、女だからしょうがないか』
じゃんけんに負けて、プリンスにあのことを告げることになった彼女がごねるのを、Kはそう断じた。
『 パパのバカーっ! 』
容赦のない父親の言葉に、Jは飛び出していた。
傷ついたのは、確かに甘えていたからだ。……じゃんけんを受け入れた時点で、諦めなければならなかったのに。
それが、この世界の鉄則――。
「ピーは、わたしが助けるから……K、手を出さないでね」
強い眼差しで、顔を上げる。
「はいはい」
ポン、とたくましい娘の頭を撫でて、Kは微笑んだ。
朝、当然のように出た家を訪問すると、Jがママだと思っていた女性が怪訝な表情で「どなた?」と首をかしげた。
(……ママ)
たとえ、幻とは言え母親の思い出のないJは胸を締めつけられた。
キュッ、と唇を噛むと「ぴ……じゃなかった。ジャック、戻ってますか?」と訊いてみる。
「まあ、ジッャクのガールフレンド?」
「は? いえ、ちがいます。あの……」
「どうぞどうぞ、今二階にいるの。呼んできますね」
思いのほか、友好的に招きいれる女性に面食らいながら、Jは躊躇っている場合ではないと思いなおした。
「お邪魔します!」
言うや、遠慮なく上がりこみ……迷うことなく二階に上がった。
「すみません、案内は不要です。勝手に呼びに行きますから!!」
階段を上る途中でふり返り、Jは母親に頭を下げる。
たぶん、もう会うことはないと思う。
「そう……? ゆっくりしていってね」
優しい声が、Jの背中を押した。
『いいか? J。おまえはもともとアッチにいたから、しばらくは受け入れてもらえるだろう。だけどな、あまり余裕はない。異物として弾き出される前にジャックを起こすんだ……』
「 ピー! 」
扉の前まで行くと、扉を蹴り開ける。
バターン、と開け放たれたほの暗い部屋のベッドで少年は眠っていた。
「のん気に眠ってる場合か、バカぁぁあっ」
どげし、と蹴り倒す。
「ってー……」
ベッドから転げ落ちたジッャクはしこたま打った頭を抱えて起き上がり、ハーハーと荒い息を吐いて仁王立ちしているJを見上げた。
目の覚めるような眼差しで、見下した。
「乱暴者め」
「いいでしょ?! ピーが悪いのよ。一緒に帰るんだから……あんなことされて、わたしが喜ぶとでも思ってるのっ」
「いや……ただ」
プリンスは俯いて、ぼんやりと呟いた。
その一言に――。
まだ、夢の続きなのかもしれないと、Jは青くなる。
「――ただ、ここで暮らすのも幸せかもしれないって思ったんだ」
姿は確かに目の前にあるのに、彼の心は見えなかった。
「だから、J。一人で帰ってよ」
「 いや 」
そのキッパリとした少女の拒絶に、顔を上げて少年は瞠目した。
「なんで泣くんだ?」
「分かんないよ! でも、無性に腹が立つの。なによ、ピーなんて……そりゃあ、わたしたちは家族にはなれないかもしれないけど。仲間でしょう?」
Jの言葉から、信じられない単語を耳にして、プリンスは半信半疑で彼女を仰いだ。
「俺は、おまえの嫌いな……軍人だよ。たぶん」
ぐずっと、鼻を鳴らしてJはそっぽを向いた。
「仕方ないから、仲間にしてあげるのよ。感謝してよね」
「 うん 」
頷く、プリンスが幸せそうに笑って、歌が聞こえた。
優しい母の歌声のように、けれどそれはすぐに掻き消えて乱暴な男の声になる。
「J! ジャクリー! 起きろ!!」
Kの声に、Jは眉を寄せて耳をふさいだ。
寝返りを打って、呻く。
「うー……パパ、もー……うるさいってば」
「パパって呼ぶなって言ってるだろうが――寝ぼけてる場合か、コラ」
「サーの言う通りです。レディ」
半眼に見下ろすKと、翼竜型の姿をしたQが静かにJに寄り添っていた。
ここは、「ダイア」のキャビン。
「 プリンスは説得できたのですか? 」
Qの抑揚のない喋りが、少し心配そうに響いた。
Jはむくりと上体を起こすと、もう一つのソファに見つけた人影に絶望した。
白い軍服に、銀色の髪のキレイな少年が眠っている。
起きる気配はない。
「ピー」
(ダメだったんだろうか、やっぱり――?)
そう思うと、知らない間に涙に視界が歪んでいた。
(キライだった。でも、結構気に入ってたんだよ……わたし)
「ジャクリー」
「レディ……」
彼女の涙に、KとQが困惑した。
(………)
不穏な空気を感じて、Jは次に信じられない言葉を聞く。
「泣くなよ」
くすくすと笑うヤツの声に、声さえも失って涙が止まった。
横になったまま、肘を立てた少年の目の覚めるような青の瞳が、Jの涙を映した。
そして。
「照れるだろ?」
「 照れるなーっ! 」
プリンスの襟首を掴んで持ち上げると、Jは涙に潤んだ瞳のまま叫ぶ。
私の涙を返せ、と言わんばかりの剣幕だったが、少年の表情は涼しいままだった。
むしろ、コレは 楽しそう というべきか。
「Jが寝ぼすけなのが、悪い」
「ええっ! そこ、わたしが悪いの?! 納得いかないわ。普通に起きてなさいよ! 悪趣味だわっ」
「まあまあ、ジャクリム。無事に戻ってきたんだから……」
宥〔なだ〕めにかかったKをJは睨んで、くわっと牙を剥いた。
「パパも! どうせ、一番に面白がったのは パパ のくせに」
図星を指されて、Kは苦笑いを浮かべた。
ニヤニヤと顎鬚を撫でるKの横で、銀色のフォルムをしたQがいつの間にか球型に変化をして転がっている。
跳ねて、
「流石です、レディ」
感嘆した。
「 感心してる場合かーっ! 」
Jは真っ赤になって、恥ずかしさのあまり絶叫した。
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