1−4.そうは問屋がおろさない? (日誌掲載日:2004,8,12/2006,1,17/2006,1,20/2006,1,22)
プリンスは後悔していた。
(なんでまた、俺はここにいるんだ?)
大泥棒一家に拾われ、あれよあれよと言う間に連邦宇宙軍に取り囲まれ、切羽詰って緊急ワープをほどこしてから数日。
いまだ、正確な宇宙軸は算出されていない。
というか、むしろそういう 気 が「彼ら」にあるのかさえ疑問だ……今の状況を考えると。
「……何度目だよ、コレ」
「うるさいうるさいうるさーいっ!」
半ば涙目でJが叫んだ。
この急発進にも、もう慣れてしまった。
ため息がついて出て、仕方ないので定位置となりつつある座席に座る。
たぶん、コレが彼らの日常なのだろう。そう思うと、気を揉むのもバカらしいので景色の変わり映えのしない宇宙〔そら〕を窓越しに眺めて欠伸をする。
「 ふあっ 」
ハッ、とした時には遅かった。
「しまった……」
ギロリとそれは恨めしそうな青の瞳に睨まれて、呻く。
「しまったじゃなーいっ! ピーってどうしてそうなワケ?! わたしがこんなに傷ついてるのにっ! ――話を聞こうとか、慰めようとか王子様みたいなこと考えないの!?」
「……なんで、俺が」
理不尽な要求に、プリンスは眉を寄せた。
はっきり言って、柄じゃないし。
彼女だって、本気ではそんなことをして欲しいわけじゃない。
(頭に血ののぼったJは、思考回路が全部吹き飛ぶからなあ……たぶん、自分の言っていること自体分かってない)
ゼハゼハ、とひとしきり怒鳴り倒したJは少し落ち着いたらしく操縦桿を安定位置に戻すと唇を噛む。
涙目のまま、ポツリと言った。
「 パパの、バカ 」
「 ………あー 」
やっぱり、俺はバカだ。
プリンスは自分の間抜け加減にほとほと嫌気がさして、ふかくここにいることを後悔した。
(なによ、なによ、なによ!)
これ見よがしにため息をつく、プリンスを睨みつけて、J〔ジェイ〕は悪態をついた。
その少年の首にかかった銀色のプレートは、連邦宇宙軍の身分証明証であり専用の解析プログラムを通したらその軍人のあらゆるデータが調査できる。
それは、候補生だった時代の成績から素行、家族の犯罪歴までと多種多様な情報が一目瞭然なワケで……。
ふと、プリンスは眉を寄せた。
「なんだよ? 気持ち悪いな」
じーっとJに涙目で眺められた彼は、その彼女の視線が自分の首にかかったチップにあることを知っていた。
「コレ、何もでなかったんだろ? 結局、連邦宇宙軍へのハッキングがうまくいかなかったって聞いたけど」
「……そうよ」
ぶすっ、と唇を尖らせてJはむくれた。
でも、本当は 嘘 だ。
Jの師である、Q〔キュー〕のハッキングは完璧だ。難攻不落と言われる連邦宇宙軍のマザー・コンピューターにだって簡単に入ることができるし、必要であれば遠隔操作をすることも可能だと言っていた。
が、もちろん必要がないのでしない。
『レディ、これはつまらない遊びです。それならボールになって跳ねてる方が楽しい』
……Qの感覚って、よくわからない。
そう思いながら、Jはそこからの重要な話に頭を痛めた。
(バカ、カイン……やっぱり、面倒事だったじゃないの――)
プリンスの首にかかったIDチップに入っていたいたのは、彼のモノではない 別人 の連邦宇宙軍人の情報だった。
なんて。
コイツになんて説明すればいいのよ。
ジャクリムは、じゃんけんに負けた。
フー、と「ダイア」のキャビンのソファでタバコをふかせたK〔キング〕は薄汚れた天井を仰いでタイミングを考えた。
もちろん、二人を助けるタイミングだ。
コロコロと彼の足元に転がってきた銀色のボールは、跳ねるとしゃべった!
「サー、嫌な予感がします」
深い黒の目を少し見開いて、おかしそうに呟いた。
「Q〔おまえ〕らしくもない。ハッキリ言えば、どうだ?」
「いえ、本当に 予感 です。サー……これは、「マザー・グース」かもしれません」
瞬間、彼ら二人(?)の間を「何か」が通り過ぎ、ぐにゃりと空間が歪んだような気がした。
宇宙〔ここ〕ではよくあることだが――。
「なるほど、聞こえたな?」
何が、とはQは訊かなかった。
本質がコンピューターである彼には不可解な現象ではあるが、確かな情報のない物質が人間に特殊な影響を及ぼすことがあることを 知っている からだ。
「では、サー」
「ああ、「亡霊の揺り籠」だ……Jはいいとして、問題はジャックだな」
「ええ、「子守唄」に引きずりこまれます」
そして、レディも。
「引っ張られる……か。そろそろだな」
と、Kは立ち上がってコックピットに向かった。
複雑な表情をしているJに向かって、プリンスが笑った。
少し、彼らしくない寂しそうな表情だったから……Jはビックリする。
「いいんだ、何を隠しているのかは知らないけど。なんとなく分かってると思う」
「何の話よ……?」
むくれた顔のまま、Jはこの期〔ご〕に及んでシラをきって、ドギマギした。
「ずっと俺のモノって気がしなかったんだ。たぶん、俺には 家族 も――」
「どうしたの? ピー」
目の覚めるような青の瞳を開いて固まった彼に、Jは首をかしげた。
「いや――何か、聞こえない?」
「え?」
「歌のような……」
小型機の窓から宇宙空間を見渡して、二人は目を見合わせた。
「あれは?」
「なんか、ワープ・ステーションみたいな……ううん、それよりはもっと曖昧な次元の歪み?」
「近いな、こっちに来る!」
と、思った時には閃光が彼らを包んでいた。
ふわりと浮遊する感覚。
けれど、けっして不快ではない。
(うた……歌ってなんの歌よ? ピー)
Jは、まったく危機感を持たずにそんなことを考えて、意識を「何か」にさらわれた。
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