1−3.家族の証 (日誌掲載日:2004,5,13/2004,5,18/2004,5,24)
「ビッグ・レイス」に遭遇してから途中の記憶はない。 どこをどう回避し、抜けたのかも覚えていないが……二人は、気がつけば静かな宇宙のど真ん中に漂っていた。 生きている――その事実だけが、無事抜けたのだろうと思わせた。
「 ……… 」 黙ったまま、二人はどちらともなく息を吐いた。 「ごめん」 泣きそうな声で、Jがうなだれる。 (何をいまさら……) と、プリンスは思って、しかしJが思いのほかに殊勝に黙り込んだので居心地の悪さを感じた。 「わたし、ピーをこんなことに巻き込むつもりなんてなかったの、本当よ?」 こんな深刻な事態に巻き込むつもりなど……けれど、今、何を言っても遅かった。 宇宙のど真ん中で、正真正銘の迷子になってしまった今では――。 ビッグ・レイスに遭遇して回避したはいいが、「回避」がそのまま助かったことにはならない。 「回避」のためとはいえ滅茶苦茶に飛んだ結果、帰り道が分からない。 母船に戻る方法も分からなければ、現在地も基本となる宇宙点が不明のままという最悪の状況〔シナリオ〕だ。 このままでは延々と宇宙に漂うことになる。 そう思うと、Jはやりきれない想いがした。 それは。 プリンスが危惧し、彼女の軽はずみな行動が起こした結末。 「 パパ 」 口にすると、涙がにじんだ。 自動操縦にした運転席で小さく膝立てた足を抱えて顔を埋める。 「いいよ、俺は」 「……え?」 静かな少年の声に、Jは少しだけ目を後ろに向ける。 しかし、操縦席の背もたれを境に背中合わせに座った彼が見えるワケではなかった。 「――記憶がない。おまえみたいに思い出す相手もいないんだから、結構平気なんだ」 と。 プリンスは言った。
顔が見えない相手の言葉に、Jはどきりとした。 「本当に?」 「ああ、残念なことに 本当 なんだ」 「……ごめん」 なんだか、疑ったのが申し訳なくてJはまた謝った。 (変なの、今のわたし……素直すぎるよ) くすくす、と笑う少年の気配がうかがえて、Jは顔をしかめて背もたれから後ろを覗きこんだ。
「なによ、笑うところじゃないよ。ここ」 「だってよぉ、笑えるだろ? おまえらしくなくて、殊勝じゃん」 「……ほっといてよ。わたしの勝手でしょ」 「つーか、俺が気持ち悪いんだって。まるで別人みたいで調子狂うから」 「失礼な」 Jは自分でもらしくない、とは思いながら頬を膨〔ふく〕らませた。 そうでもしないと、恥ずかしくて笑う彼と会話などできたものでない。 「それは、あんたが「泥棒親子」とか失礼なことぶっこくから悪いんじゃない。アレがなかったら、わたしだってさ……」 ブツブツ、と不平を洩らしながらJはストンとふたたび操縦席に座る。 背中越しに響く少年の声が、妙に優しく聞こえた。 「泥棒は泥棒だろ、馬鹿。まったく冗談じゃねぇよなあ」 どこか感慨深げに口ずさむと、プリンスは目を閉じた。
「ピーのそういう固いところキライよ」 怒りというよりは、事実だけを口にしてJは目を吊り上げながら、最後には笑った。
「まあ、軍人の中ではマシだけど」 「へー、そりゃどうも。……記憶ないからピンとこないけどさ、そういう話」 まるでつとめて沈まない会話を演じるように二人は話した。 それが、不思議と心地よくてクスクスと笑う。 「そうか、そうね。記憶戻ったら「最低」かもしれないし?」 「……かもなあ。俺もちょっと気になってる」 プリンスは目を閉じながら、胸の金属チップに手をやって空ろに考える。 「何者なんだろう、って――親は、いるのかとかイロイロ……」 JとKの関係に、プリンスはある種の憧れのような感情を抱いていた。 口にはしないが、自分にそんな親子関係があった気がしない。 忘れたとか、それ以前の問題で触れたことがないのではないか。だからあんなにも最初、反発してしまったのではないか、と。 くわ、と欠伸〔あくび〕を噛み殺して、銀髪の少年は言った。 「K〔キング〕が見つけてくれる、……だって、J、彼は「 大泥棒 」なんだろ」 「 うん 」 頷いて、Jは微笑んだ。 「もちろんよ」 と。
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『 そりゃ、嬉しいねえ 』 どこからともなく響いた懐かしい声に、Jは慌てた。 「 パパ!? 」 『よお、無事か? WJ〔ダブル・ジェイ〕』
耳のピアスから流れる雑音に紛れた不鮮明なそれは、確かにJの父親だった。 いつもと変わらぬKの軽薄な言葉に、不覚にも泣けてしまう。 「パパ、パパ! 嘘みたい。来てくれたのねっ。さっすが、パパ♪」 『……ああ、そりぁあなあ。おまえのためだし……しかし、「パパ」はよせって。しかも連呼とはご挨拶じゃねーか、ジャクリー。助けてやんねーぞ』 「だって、パパはパパだもん♪ ねえ? ピー、助かったのよ。聞いてる?」 「 ………zzz 」 「 んなッ! 」
『――どうした? J』 スウスウ、と寝息を立てて、プリンスは騒ぎの最中〔さなか〕おだやかな眠りに落ちていた。
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