1−2.それは突然に (日誌掲載日:2004,5,3/2004,5,4/2004,5,5)
みるみるとJの表情が剣呑になる。 「まさか」 「何だよ?」 これでもかと間近に顔をつきあわされて、プリンスはわずかに怯〔ひる〕んだ。 「 ウソツキ 」 じっとりと銀髪の彼を眺めて、息がかかるほどのすぐ目の前で彼女は言った。
どくん。 と、プリンスは思わず胸を押さえた。 その手のひらの向こうには、軍服の白い上着越しに首から下げられた金属チップの感触。 ヒヤリ、とこめかみに汗が浮かんだ。 イヤな気分だ……でも、どうして? それも、忘れた――? 「な、なんだよ。急に」 平静を装って何とか目をそらさずに答えると、プリンスはJのまっすぐな眼差しに首を傾げてみせた。 「人聞きが悪いな、自分は泥棒のくせに」 と、一言余計に口にする。 案の定、彼女はプリンスの異変には気づかずに真っ赤になって怒鳴った。 「うかーっ! また言ったわね、失礼しちゃうっ。泥棒、泥棒って一緒くたにするな! パパは「 大泥棒 」なんだから!!」 「……っておい」 (――問題は、 そこ かよ) 思わず、きょとんとしてしまいプリンスはふきだしそうになる。 我慢するために見たJの前の特殊音波レーダーに、固まった。 「……おい、ヤバい」 映し出された状況が少年の声を強張らせる。 「なによ、ピー! わたしから話そらそうってのっ」 「違う、時間がない。すぐそばまで来てる……回避は、困難だ」 深刻なプリンスの言葉の羅列に「ワケ分かんない」と顔を前に戻すと、Jもまた顔色をなくした。 「……ウソでしょ?」 レーダーが回転するたびに点滅する緑色の点は、微粒であり無数だった。 群れをなした魚群のごとくに それ が向かってくる先は、間違いなく二人の漂流する宇宙点。 天を仰いだ少年が、おかしそうに肩をすくめて目を覆った。 湧いたのは、諦めにも似た感情。 「まさに、大当たり。この分だと着陸できる星と出会うのも、案外簡単かもな」 その前に、生きていられるかが問題ではあるけど……。 「なに、悠長なコト言ってるのよっ。ピーはしっかり掴まってて!」 辛辣なプリンスの厭味にも、Jは大真面目に操縦桿を握った。 「 回避するわ 」 決して諦めない、決意を秘めた青の眼差しが不敵に微笑んで、少なからず銀髪の少年を驚かせた。
ガタガタ、と船内がひどく揺れた。 ハリケーンに巻き込まれたような圧力と、旋回する機体と、時折回避し損なった小さな破片がぶつかって大きく船が傾く。 そのたびにプリンスは歯を食いしばり、Jは舌を打った。 「さすがに、手強いわね」 「感心している場合かよ、ホラ」 「分かってる!」 一際、操縦桿を強く引きJは大人びた青い目を輝かせた。 一瞬、船体は止まり、彼女の足がアクセルを踏んで、一気に前方へ急発進する。 「抜けてやるわ、ビッグ・レイス〔大きな亡霊〕の群れなんて!」
宇宙の塵と呼ばれる「ビッグ・レイス」、星の骨は生涯を終えた星のいくつもの破片で構成されている。 彷徨う亡霊の異名を持つに相応〔ふさわ〕しく……宇宙生活者にとっては頭の痛い相手に違いなかった。 遭遇すれば損壊は免れず、小さな船であれば「亡霊」に引きずり込まれることも多い。 「 行、けぇぇぇーーーーえっ!! 」 少女とは思えない勇ましい賭け声とともに、二人の乗る小型機は亡霊の間を駆け抜けた。 運転席にしがみついたプリンスはと言うと、変に慣れてしまった状況に上手く対処する方法を体得しつつあった。 (――K〔キング〕の気持ちが分かる) まったく、女にしておくには……勿体ない。 と、Jの横顔をほとほと呆れて眺め、眩しいものでも見たように――その、目の覚める深い青の瞳を細めた。
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