1−0.宇宙軸不明点 (日誌掲載日:2004,4,18/2004,4,20)
広がる闇の空に、停止した一隻の古びた船。 途方に暮れたように、動く気配はまるでない。 それもそのはず緊急ワープを強行した彼らには、着地点がどこであるのか、空恐ろしいほどの時間をかけて分析をしなければならなかった。 運の悪いことに、近くに星らしい星もない。 相当の手間がかかるコトは明白だった。
フー、とふかく息を吐くK〔キング〕。 その足元をコロコロと丸いモノが転がっていく。 緊急ワープ後の嵐が過ぎた船内は、すこぶる静かだった。 散乱したモノというモノは、場所が変わった程度で大きな支障はない。元々が散らかっているという話もあるし、当面の問題はそこではなかった。 「 ……… 」 K、J〔ジェイ〕、プリンスの三名は押し黙ったまま、「ダイア」の広くはないキャビンでテーブルを挟みソファに深く沈みこんで天井の沁みに目を細めたり、そんな姿をこれでもかと睨んで威嚇したり、たんこぶを確かめたり。 銀色の髪をかきあげて、プリンスは後頭部をさすっていた。 ぶつかった相手(=ダンボール)が良かったせいもあり、痛みが残るくらいでさほどの大事には至っていない。 「ジャック」 「―――」 顔を上げると、先ほどまで天井を眺めていた「ダイア」の船長がこちらをうかがって、興味深そうに軍服の合わせ目に視線を落としている。 Kが手を伸ばすと、思わずプリンスは身を引いた。 ドキリ、とした。 初めて、彼は自分の首にかかっている銀色の鎖に繋がれた……何かの言語を刻んだような金属チップに気づいた。 これは――? なんだ? 分からない、覚えていない、忘れてしまった……でも。 それは、本当に? 「――ジャック、ですって?」 冷え冷えとしたJの声が響く。 「なによ、それ?」 と。父の機微に欠けた発言で機嫌を損なっていた娘が、さらに不機嫌になるのが分かる。 分かるが、そんなことでこの無精ひげをたくわえた父親が機微に尊くなるワケもなく、むしろさらに機微のなさを露呈するのが関の山だ。というか、話がややこしくなるのは目に見えた。 「名前だよ、コイツの。仮の……ではあるが、ないのも便利が悪いだろ」 「……だからって、なんで「ジャック」なのよ?」 よりにもよって、その名前をつけることはない。 と、Jは思った。 息子だったら「ジャック」、娘だったら「ジャクリム」と名づけるつもりだったと父から聞かされたのはいつだったか。 それは、家族の証。 大切な思い出なのに……。 キッ、と呆然としているような銀髪の少年に視線を投げる。 (くやしい、くやしい、くやしいぃぃぃいっ!) 「来て、ピー」 「ピー、って。ジャクリム」 思わず、苦笑を洩らした父親に娘の剣幕は容赦がなかった。 「パパは黙ってて!」 ビシリ。 思い切りのいい「パパ」発言に、Kは顔をしかめた。 そして、肩をすくめソファに沈む。 素直に従った父親を一瞥すると、Jはプリンスの手を取った。 「……もしかして、ピーって俺?」 プリンスは掴まれた少女の手の温度に、自分の指先が冷えきっていたことを実感した。もしかしたら、すこし自分は震えていたのではないか、とも。 うねる長い黒髪の少女は、くすりと笑う。それは、意地悪な微笑みで――。 「とにかく、一緒に来るのよ。ピー」 Jはそのままプリンスを引っ張って、キャビンを出た。
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ぽぉぉーん、ぽぉーーん。
と、跳ねた丸い銀色のボールは残されたKに訊いた。 「よいのですか? サー」 「なにが?」 「アレは、過去のデータ・事例から「家出」の前兆と推測されますが」 しかも、プリンスを連れ立っての逃避行、というややこしい結果をはじきだしている。 球型のQ〔キュー〕が、抑揚のない声で転がってソファにぶつかり停止した。 「ああ、それは……だろうなあ」 おかしそうに口に笑みを乗せて、背もたれに体を預けたKは低く喉を鳴らした。 「好きにさせろ。どちらにしろ現在地は不明だ」 ガサガサと鈍色のコートからタバコを出すと、一本くわえて火をつける。 紫煙が音もなく、上がる。 「サー、ここは禁煙禁酒と聞いています」 「ふん、Jの前では自粛してるんだから、吸わせろ」 深い闇色の瞳が、動くことなく紫煙を眺めながら命令した。 「……ラジャー、サー」 奇妙な沈黙のあと、Qは球体のままジッとして動かなくなった。
0−4 <・・・ 1-0 ・・・> 1−1
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