0−4.「ダイア」逃げる! (日誌掲載日:2004,1,23/2004,1,28/2004,2,2)
操縦桿を操りながら、Jは我が目を疑った。 ( なんで…… ) それは、奇妙な光景だった。 少年の指した座標に向かって滑り込んだ彼ら「お尋ね者」の船、「ダイア」は雨のような銃撃から一転、静寂に包まれる。 愕然としている彼女に、冷たいとも思える静かな声が促した。 「残り、10.25」 タイマーに目をやって、銀の髪の狭間から目の覚めるような深い青の瞳で見る。 「わ、分かってるわよっ!」 思わず、声を荒げてJは操縦桿を切った。 それがあまりに乱暴だったものだから、船体が大きく傾く。
ぎぎぎぎぎ。 宇宙連邦軍の艦船3隻の指令船と思われる船底の下をくぐり抜けながら、「ダイア」の中にはそれぞれの声が四者四様に飛び交った。 ごつん、とコックピットの高くない天井の突き出しに頭をぶつけたKが、「もうちょっと、丁寧に操縦はできないのか?」と注文すれば、電光板にしがみついた少年が「性格だろ?」と諦め顔で耐えている。 QはQで、しきりにJに確認していた。 「レディ、この「無鉄砲」な運転での破損の保障はしていただけるのでしょうか?」 忙しく手を動かしながら、追跡用の小型機からの攻撃を回避していた孤軍奮闘のJは、眉をしかめて大声で叫ぶ。 「うるさいうるさいうるさーいっ」 キッと背後のギャラリーを睨みつける。 「ワープするから黙ってて!」 宇宙連邦軍の艦船は巨大なだけに、後ろを突かれると主砲の方向転換だけでかなりの時間がかかるらしい。 ようやく、主砲の射程内に入ったかと思えば、 標的 は閃光に包まれ時空の彼方に姿を消した。
宇宙連邦軍、駆逐艦「クインサーガ」の艦長席で、口数の少ない瞳が細められた。 「サンウィーロ大佐、これはどういうことでしょうか?」 副官であるウーが、艦長席の下で自隊と虚空だけとなった情景を背に顔を曇らせている。 それも、そのはず。 「――まるで、我らの布陣を最初から見知っていたような……」 「そうではない」 鮮やかな朱の髪は、短い。ただ一点、長く伸ばされた前髪が艦長の左目を隠している。 そこから垣間見れる瞳は、金色のような褐色。 感慨深そうに細められたその瞳が、副官の顔を見下ろしている。 「真実、知っていたのだろう。危惧すべきは布陣の漏洩ではなく、我らの船の 弱点 までも把握していたことだ」 「大佐」 「ウー中佐、誰かがこんなことを言っていたね」
『「クインサーガ」は追跡には向きますが、追いかけっこには向かないですよ』 なるほど、「クインサーガ」は確かに速い。が、間近での追いかけっこには船体がでかすぎる。 「彼の言葉の通り、今後追いかけっこは広い場所でするとしよう」 「感心している場合ですか……」 呆れたように赤髪の艦長を仰ぐと、諌〔いさ〕める。 「我らの目的は、その彼の捜索でしょう?」 「名目上はな」 どかり、と座ったサンウィーロのもとへ、駆逐艦「ユンファ」から交信が入る。 「ドウリアか」 続いて、駆逐艦「ルーク」からも入った。 「セーシルも、また恐い顔をしているな」 足を組んだ上に、肘を乗せて指を絡めるとサンウィーロは「聞こう」と彼らをにこやかに促した。 「どうする? サン」 「大泥棒」の異名を持つお尋ね者の船を逃がした今、彼らにあるのは追うか、追わないかの二択だけだった。 肩をすくめて、彼ら駆逐艦の総指揮を任されているサンウィーロは笑うしかない。 もっとも、表情の乏しい大佐なだけにほんの少し、顔がゆるんだ程度だが。 「選択権はない。我らは命令に従うまで……追うな。このまま捜索に戻る」 虚空に映し出された二人の艦長の映像が、恭〔うやうや〕しく礼をとる。 「御意」 そのまま、フツリと交信は切れた。 「生きてもいない、人間の捜索か――」 再び、虚空だけを映し出した面前の大画面モニターに「クインサーガ」のエリス・サンウィーロ艦長は自嘲気味な顔を覗かせた。 「ワープした大泥棒を追うのと、どちらが有意義だと思う?」 彼女は、副官のフェイ・ウーに声だけで聞くと、眼を閉じる。 「さあ? それは私が口外するべきことではありませんので」 副官の女性らしい柔らかな声が、困ったように笑っていた。 まったく、どんな時にも穏やかな性格で羨ましい限りだ。 と。 つい、サンウィーロは自分には持ちえない彼女の美点に嫉妬した。
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――グッドラック。
いっそ、晴やかな微笑を湛〔たた〕えて判然としない彼らは手を振った。 違う。 と、確然とした彼らとの境界線に叫ぶ。 届かない。 違うんだ、とかたどる口に死を覚悟した仲間が笑って、 ――ジキル ノ マツエイ ニ、コウウン ヲ。 と。 音もなく送り出した。 ガコン。 「……って〜〜〜〜」 目の覚めるような青の瞳に涙を浮かべて、銀髪の少年は呻〔うめ〕いた。 ほとんど不意打ちに近かったワープに、シートベルトもしていなかった彼は耐えきれずあちこちに体を転がせて、最終的にコックピットの片隅にあったダンボールに頭をぶつけた。 「怪我はない?」 操縦席に座っていたJは、他人事のように後ろを振り返って訊いた。 諸悪の根源たる操縦をした本人でありながら、ちゃっかりとシートベルトを締めていたためにその被害には「ほとんど」といっていいほどに合っていない。 そして、彼女のそういう運転に慣れている父親もまた、心得たもので無傷だった。 しかし、苦情だけは大袈裟だ。 「ジャクリーぃぃいム!」 ふふふ、と妖しげな微笑みを髭の口に乗せて、彼は娘の頭をワシャワシャとかきまぜる。 「こぉの、無骨者が!」 「いいじゃないよっ、逃げ切れたんだし。結果オーライでしょ?」 Kの手から逃れると、ツンと彼女はふんぞり返る。 乱れた黒髪を解き放つと、うねるような長い髪が彼女の腰にまで落ちた。 眼鏡を外すと、胸ポケットにかける。 「そういう問題じゃない。おまえは娘のくせに乱暴すぎるんだ」 「なによ、娘が乱暴でどこが悪いっていうのよ?」 父親のこういう古風なところが、Jからすれば面白くない。 「だから、息子だったらなあと思うんだが……」 しみじみとそんなことを言うKもKである。デリカシーがない。 さらにさらに憮然となった娘に追いうちをかける。 「なんで娘なんだ? ジャクリー」 「 ば 」 真っ赤になったJは、渾身の肺活量で大声を轟〔とどろ〕かせた。 「 パパのぶぁくぁぁぁぁぁああっ! 」
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