0−3.敵か味方か (日誌掲載日:2004,1,8/2004,1,12/2004,1,17/2004,1,19)
「待て待て」
うんうん、と頭を働かせているらしい少年は、銀髪を揺らして深い青の瞳を歪〔ゆが〕めた。 突っ込んでくる泥棒親子を片手で停止させて、苦しそうに息を吐く。 「俺は、……誰だ?」 「ちょ! ちょっと!! 待ちなさいよっ。どういうコトよ!?」 「いや。ジャクリー……どういうもこういうも、俺に迫るな」 少年本人にではなく、父親の襟首を無理矢理に背伸びして掴みかかる娘に、K〔キング〕は笑っていいんだか困っていいんだか分からない様子でただ息をつく。 真っ赤になったJの向こう、深い混乱に陥っている少年はブツブツと何事かを口にしては首を振る。 「――J」 グイグイと締め上げてくる娘の手を取ると、Kは落ち着かせるように包む。 「なによ、パパ」 その「パパ」という響きを苦く思いながら、彼は言った。 暗い瞳がわずかに細められ、口の端を引き上げる。 「騒ぐな。ヤツは「記憶障害」を起こしているだけだ」 「 きおくしょうがい? 」 なによ、それ……とばかりに、Kを見上げる青の瞳はさらなる説明を請〔こ〕うて鋭くなる。 「簡単に言うと、「記憶喪失」だな」 「 ……… 」 な。 と、Jの口がかたどった。 しかし。 それは声にならず別の音にかき消される。 「な、なに?! 今度はなんなのっ」 ほとんどヒステリーに近い少女の声が、緊急を知らせる赤い警報ランプの点滅とサイレン音を裂いて響く。 「我が船に宇宙連邦所有軍艦3隻が接近中。すでに、感知領域を通過。通信反応解析……解析結果、聞きますか?」 機械的に静かなQの問い。 それに。 Kは苦笑いで、低く答えた。 「 必要ねぇな 」 罠であるのか、それとも単に救助に来ただけの艦船なのかはこの際、どうでもよかった。 今、必要なのは自分たちが有名な 「お尋ね者」 だ、という 事実 だけである。 くつくつと笑いがこみ上げてくるのを、片手で顔を押さえて堪〔こら〕える。 だって、コレではあまりに緊張感がないじゃねぇか? なあ? 「逃げるぞ! J、Q」 「りょーかいっ!」 「ラジャー、サー」 堪えた甲斐もなく笑いながら命ずる彼に、いつものことと肩をすくめてJがコックピットに走ると、同時に静かな翼竜型のアンドロイド・Qも従った。 残されたKは銀色の髪の少年に目線を下ろす。 少年の深い青の瞳は、少し前からずっと彼らを見ていたので、ちょうど見つめ合うことになった。 どちらともなく、顔を背ける。 「――なあ、泥棒」 「K〔キング〕だ、ジャック」 「ジャック?」 また、妙な名前をつけられて少年は狐につままれたような顔をする。 おかしそうに笑いを含んで、Kは言った。 鈍色〔にびいろ〕のコートのポケットに左手を突っ込んで、やせ細ったタバコの箱をまさぐった。ライターはすでに右手にある。 「息子だったら、ジャクリーにその名前を付けようと思っていたのさ。仮の間だ、我慢しろ」 「 ……分かった。K 」 コクリ、と頷いて、ジャックはようやく救命カプセルからノロノロと立ち上がった。
K〔キング〕と少年がコックピットに入った時、J〔ジェイ〕はキリキリと爪を噛んで毒づいていた。 「Qちゃん、それじゃあ八方塞〔はっぽうふさがり〕ってコトじゃないの。そんなワケがないわ!」 青みのかかった銀のフォルムの翼竜型アンドロイドは、ただ情報だけを提供する。 「レディ、回避点ガータ1、4。レート1、2。エンジェル5、1(注、1)。塞がれました」 「どこか……どこかに盲点があるハズよ……無能な宇宙連邦軍のすることだもの」 「レート1、3。選択不能」 「あー! もうっ!!」 表示される電光板の赤い点滅に、Jはダン! と拳を叩きつける。
大人びた青い瞳がキラリと不穏に輝くと、低く呟いた。 「いいわ。Qちゃん、エンジェル3、3に軌道を向けて」 「無謀です、レディ」 「構わないわ、アイツらに囲まれたところでこっちには最後の手段――「ワープ」があるんだから」 「……おいおい」 後ろで傍観していたKが苦笑交じりに、たしなめた。 と言っても、娘のコレには慣れているらしい口ぶりで、 「J、それは危険だっていつも言ってるだろう?」 他船が至近距離内にある場合の「ワープ」……「瞬間移動」は、時空の多大な歪みを誘発させるため弊害が大きい。巻き込まれる方は当然。巻き込む方にもソレ相応の覚悟がいる。 「賛成しかねます、レディ」 Qは、その弊害の最たる被害者であるため、特に慎重だった。 キッ、とその翼竜を睨みつけると、Jは遮った。 「ぶっ飛んだ記録データの修復なら手伝うから! 今は目をつぶって!!」 「……ラジャー、レディ」 渋々とQは頷いた。 浅く息をついたJは、ビクリと背を硬直させる。 「ちょっ! 何して――」 電光板の宇宙海図を手馴れた所作で操作する銀髪の少年は、覚めるような深い青の瞳を上げると言った。 「あるよ」 「な、なにがよっ?」 ヘビに睨まれたカエルのように悪態が喉にひっかかって出てこない。もどかしく思いながらも、彼の確信に満ちた眼差しから目をそらすことができなかった。 「至近ワープをしなくても逃げ切れる脱出口」 清水が流れるような静かな声で、少年はポツリと口にした。 沈黙した少年にKがおかしそうに促〔うなが〕した。 「そりゃあ願ってもないが……勝算はいかほどだ?」 「たぶん、八、二」 電光板の海図を映した深い青の瞳は、冷静に答えると付け足した。 「――ただし。コレは船の操縦能力で逆にもなるけど」 微笑。 表情の乏しい少年の口元がほころんだように見えて、Jは断然と息巻いた。 「なによそれ! わたしの腕も知らないくせにっ、笑うなっ」 「……やるのか? ジャクリム」 目をまんまるにして、Kは訊〔き〕いた。 元来、負けず嫌いの彼の娘は興奮状態で少年が記憶喪失だ(断定)というコトも宇宙連邦軍の軍人かもしれない(ほぼ確定)というコトもすっ飛ばしている。 (――疑ってやるよりはいいが) 平静を失っているのは、いただけないな。J。 と、Kは暗い目を細めて見守るつもりで傍観する。 「やるわ。やってやるわよ、パパ!」 その彼女の言葉尻に、思いっきり顔をしかめてみせた。
注釈1・・・>「ダイア」の船員内での隠語。宇宙座標を暗号化したものと思われる。
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