0−2.中身の問題 (日誌掲載日:2003,12,11/2003,12,13/2003,12,15)


『視覚情報確認。解析結果、宇宙連邦軍救命カプセルと認識しました』

 Qの静かな声に、親子二人が顔を見合わせる。
「宇宙連邦、だと? ……そりゃまた、豪儀だな。オイ」
「パパ! 悠長にしている場合?!」
 慌てて、Kの首から飛び下りるとJは足早にコックピットへと戻ろうとする。
 くくく、と苦く笑いながら、泥棒の父親は娘の背中に訊いた。
「どうするつもりだ? ジャクリー」
「もちろん!」
 くわっ、と勢いよく振り返った少女はさも当たり前のように叫んだ。
「逃げるに決まってるわ!!」

「Q、相手からの通信反応はまだないか?」
『イエス、サー。救命信号もありません』
「ホラ! パパ。絶対ワナだわ。怪しすぎるもの」
 コックピットの広くはない空間で、Jが大きすぎる声で隣のKを促した。
「見捨てるのか? ジャクリム。俺はおまえをそんな薄情に育てたつもりはないがな」
 まるで他人事のように口にする父親に、Jは俯〔うつむ〕いた。
 宇宙連邦に追われているKのために、たとえ「ホンモノ」の救命カプセルだとしても……助けるワケにはいかない。
 なのに。
「だけど、パパ……」
 青く大人びた少女の瞳は、丸眼鏡の奥で不安に仰いだ。
 細く束ねた黒髪に無精髭、淵のない闇の瞳は宇宙の色によく似ていた。
「はっはー、大丈夫だって。心配性だなあ、おめぇは……J」

 からり、と笑って娘の頭を乱暴に撫でつける。
「俺の勘を信じろ。 アレ はワナじゃない」



 宇宙連邦軍の救命カプセルを回収したKとJは、中を開けて目を瞠〔みは〕る。
 1人用の救命カプセルに眠っていたのは、まるで――。
「お姫さまのようだなあ……ジャクリー?」
 ふん、と顔を背けるとJは不機嫌そうに言った。
「連邦軍の軍人なんて、キライよ」
 カプセルに眠ったその姿は、とても軍人には見えないほど若くキレイだった。
 銀色の髪に、白い肌……どことなく気品もあり、カプセルで脱出の時にだろうか、ついた小さな擦り傷や打ち身が痛々しく、少し勿体ないとさえ思わせる。

「 ……… 」

 気を抜けば見惚〔みと〕れそうなトコロが、さらに彼女を不機嫌にする。
「で。パパ、 コレ をどうするの?」
「うーん、ソレだよなあ。まさか、俺らが連邦軍に返しにいくワケにもいかんだろう?」
 Jは呆れ、ご気楽に頭を傾げるKに肩を竦〔すく〕めた。
「当たり前じゃない」
「いや。いざとなれば、それもアリか? ついでに軍用機も一機二機拝借できそうだしな」
「軍用機? ステキ! 盗ってきてよ、パパ」
「……はいはい」
 嬉々と胸を躍らせる現金な娘に、Kは「今日だけ」というつもりで「パパ」を受け入れていたが……やはり、こういう頼み事にまで使われると釈然としない。
 形ばかりの相槌をうつ。

「泥棒親子?」

 おキレイな顔を顰〔しか〕めた軍服の少年が、救命カプセルから億劫そうに身を持ち上げていた。
 その半眼の瞳は、目が覚めるような深い青。
「ったく。冗談じゃねえ」
 と。
 忌々しく口にするその言葉は、睡眠促進剤が体に残っているせいか不似合いに覇気がない。
 いや、不似合いなのは 勿論 ソレだけではないが――。

「お目覚めですか?」
 ゆっくりと頭をもたげて、翼竜型の青みがかった銀色のフォルムが言った。
「我が「ダイア」へ、ようこそ。プリンス」



「「「 プリンス? 」」」

 Q〔キュー〕の発した ソレ に、人間3人がそれぞれに反応した。
「久々だなあ! Qのソレも」
 ハッハ! と、爆笑しているのは当然、というか何というか。K〔キング〕。
「はぁっ? なんだよ。ソレ」
 と、どう解釈したものか顔を強張らせているのが、いまだ眠そうな半眼の少年。
 で。一番にむっきーとなっているのがJだった。
「Qちゃん! どういうインスピレーションよ、ソレはっ?! コイツが「プリンス」なワケ……」
 不覚にも、その彼の顔をマジマジと眺めて言葉を失うと、「ま、外見は置いといて」と咳払い。
 頬が少し赤いのは、室内温度ということで。
「とにかく! 今。コイツが むっちゃ 失礼ぶっこいたの、見てないの? 聞いてないの? 記録してないのっ?! その目は節穴!!」

「正常に記録中です、節穴ではありません。レディ」

 改めて、息巻いたJにQが静かな声で事実だけを答えた。
「レディ? 人のこと言えるかよ……ガキくせぇ」
 ぼそり、と言う少年に、Jは真っ赤になる。
 大きな声ではなかったので、かすかに聞こえる程度ではあったが――それは、Jにも十分に分かっている事実だったので。
「な、何よ、アンタなんか! 助けてもらっといて、その態度はないんじゃないのぉぉーーーーーっ!!」
 癇癪〔かんしゃく〕を起こしだした少女は、次第に胸を上下させてフーフーと威嚇に膨らんだ猫のように叫んだ。

「まあま、そのあたりはQの独断だからよお……」
 興奮する娘の面前に手のひらをかざして、Kはひょいと彼女を下がらせる。
「気にしても仕方ねえって。それより、アレだ――」
 いまだカプセルの中で重そうに身体を支えている少年の顎を持ち上げ、ニヤリと笑った。
「プリンス、お名前は?」
 軍服を着ているのだから、宇宙連邦軍の軍人であることは確かだと思うのだが、それにしても奇妙だった。
(若すぎる? いや、そうじゃない。
 「泥棒」である俺達との会話が……なあ?)
「宇宙連邦軍の軍人なんだろう? 俺達を捕まえなくていいのか?」

「 ……… 」

 ふと、銀髪の少年は黙った。
 思案しているようでもあり、困惑しているようでもある。
 ふぅ、と息をつくと肩を竦〔すく〕めておかしそうに笑って言った。
「……忘れた?」

 「訊くなよ」と、思わず泥棒親子は同時に突っ込んだ。



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