0−1.愛船は「ダイア」 (日誌掲載日:前編 2003,12,4/後編 2003,12,5)
宇宙船「ダイア」のキャビン空間に置かれたソファにふんぞり返って座る男は、前にある簡易テーブルに両足を組んで乗せ、しかも酒とタバコを嗜〔たしな〕んでいた。
ふかー、と息を吐くと、澱〔よど〕んだ空気がさらに霞〔かす〕んだ。
くわん!
突如、響いたその音響に心持ち顔を顰〔しか〕めると、K〔キング〕は前に立つ娘を見る。
親子のなせるワザか。 伸び散らかした黒髪に無精髭〔ぶしょうひげ〕、剣呑な暗い瞳のKはそこにいるだけで凄みがある。勿論、それは過去のあれやこれやの経験で培われたモノであり、ハリボテではないのだから彼のご機嫌をすすんで壊そうという輩〔やから〕はそうはいない。
ご同業の界隈では、知名度のある彼のこと――なおさら、敵に回そうという人間はいない。
この十四歳になるJ〔ジェイ〕以外には。
「パパ!」
長くうねる黒髪を後ろで丸く束ねた少女は、幼さの同居した静かな青い瞳を不快に歪めていた。
娘に劣らず、父親の方もこれでもかと眉間にしわを寄せる。
短くなったタバコをくわえたまま、低く唸る。
「パパじゃねえ……パパじゃ……何度言ったら解〔わ〕かる? ジャクリー」
「そんなことより、そのタバコ何とかしてよ! パパッ」
こほこほ、とセキをして煙で青い目を潤ませたJは、たちこめる紫煙を睨んだ。
「こっちまで中毒になっちゃうわ。娘が可愛くないワケ?」 頭を抱えると、KはJを見上げて言った。
「おまえが男だったらなあ……とは、思うがな」 それにしても、「パパ」はやめろ。「パパ」は。
と、Kはしつこく口にした。
「あ、そう。じゃあ、カイン! タバコもお酒も止めてもらうわ。身内だと思って 寛容 にこっちは相手をしていたのよ! 船内は禁煙禁酒って知らなかった?」
「……そりゃあ、初耳だ」
仁王立ちでフライパンとボールを持った娘に迫られて、渋々Kはタバコを灰皿へと置き、ほぼ空のグラスをテーブルへと戻す。
すみやかにそれらを回収したJは、ツーンとそっぽを向いてキャビンから出て行く。
と。
出口で立ち止まる。
彼に背を向けたまま、冷ややかに宣告する。
「これ。捨てとくから、……カインドローズ」
「 ………ふん 」
流石〔さすが〕に、彼女の それ にはKも不安になった。
Jがバカ丁寧な言葉遣いをする時はかなり怒っている証拠だ。
もし、アイツの機嫌が延々と戻らなかったら……と思うと。
くしゃり、と髪をかき上げるとクツクツと笑う。
( 仕方ねえ……機嫌を取るか )
このKに機嫌を取らせる「女」というのも、ただ1人――だな、とおかしくなった。
>>> <<<
シューアルト星の最新モデルである小型宙空両用機で帰船したK〔キング〕を、J〔ジェイ〕は仁王立ちで迎える。
コックピットからそのままやってきたらしい彼女は、愛用の小さな丸眼鏡をかけたまま睨〔にら〕んでいた。
「よう! 元気だったか? ジャクリム」
「………」
幼さの残る大人びた青の瞳で一瞥すると、くるりと彼女は背を向けた。
「 バっカ じゃないの」
あのKが、たかが一惑星の保安軍に捕まるなんて……とてもじゃないがJには信じられなかった。
だから。 余計に不安だった――。
お気楽に笑う姿を見て、泣きそうになる。
なんだ、元気なんじゃない……。
「ああ。気に入らなかったか?」
「 ? 」
その無頓着な言葉に、涙を見られたくないJは背中を向けたまま、少しだけ彼を見た。
鈍色のコートに、漆黒の皮パンツを履いた男はすらりと高い背の上からニヤニヤと笑っている。
「なんのこと?」
「コイツ」
コンコン、と今下りてきたばかりの機体を楽しそうに叩く。
「 ……… 」
まさか、と目を瞠〔みは〕り、Jは叫んだ。
「パパ!」 抱きつくと、そのまま彼の首にぶら下がる。
「ステキ! 盗ってきたの?」 「ああ……っと、まあな。それより、「パパ」はやめろと――」
潤んだ青の瞳が嬉しそうに彼を見つめて笑っている。
頬はもしかして、わずかに濡れているだろうか?
Kは頭をかいた。 「大好き♪ パパ」
「………まあ」
釈然としないまでも、娘の涙と可愛い笑顔には弱い。
「今日は許すか」 ……って、誰かこの親子をツッコんでください。
『サー、レディ……前方に生命反応。我が機体に接近中』
妙な泥棒親子の再会を、彼らの翼竜型アンドロイド「Q」の無線越しの声が冷静に遮った。
というよりは、単に事実だけを述べたというか。
「生命反応?」 「追っ手か?」
娘と父が口々に訊〔き〕いて、
『通信反応ナシ、解析不能です。サー』
Qの機械的な声が、父親の方の問いにやはり事実だけを答えた。
0−0 <・・・ 0-1 ・・・> 0−2
|