2‐3.誤解
問題は、ある。
そんな彼が、本当は嫌いではないということ。
むしろ、コレは 病気 だとも思う。
あの禍々しい血の瞳が、玉姫を捕らえてはなさない。
はじめて逢ったあの忌々しい夜から、彼女は彼に囚われ……あろうことか、自ら望んでしまった。
時々、怖くなる。
この想いの強さを彼が知ったら、どう思うか。
身勝手な欲望。
制御のきかない心。
それを玉姫は自覚している。
玉妃は、前をまっすぐにとらえて対面する恰幅のいい男の言葉の半分も聞いていなかった。
切り出された「騙されている」に続く言葉が、蓮があの藍閑と手を組んでいるというありえない話だったからだ。彼らの言い分を耳にしながら、玉はようやく最近の王の口にしない理由を知ることができた。
皮肉にも、鳳夏の商人は屈の王に無理矢理に妃にされた玉姫を今になって思い出し、屈から逃れる活路を見出そうとしているらしい。
「 姫 」
と、呼ばれて玉妃は商人を映した。
「私どもが貴女さまの目を覚まして差し上げます。あの屈の王は、低俗な手で貴女を騙しているのです」
「ちがう、わたしは蓮に騙されてなどおりません」
キッパリ、言い切る玉の言葉も彼らには届かなかった。
「姫。そう思いたいのはわかります……確かに、貴女は綺麗になられた。恋をしている姫はいつだって美しい。
しかし、それもあの王の手口です」
あの王は、他国から来た商人を無下に殺す男ですよ。
と、見下した商人たちの目はそれがいかに卑劣かと訴える。
同業者を殺された、その危機感が彼らをこれほどまでに臆病にしている。
(なんてこと……)
蒼白になって玉は膝に置いた拳で服を掴む。
商人を殺したのは、蓮ではなく自分だと口にしても彼らは信じないだろう。それが、藍閑からの刺客だったと説明しても……蓮に騙されている馬鹿な姫の戯言だと思われてしまうにちがいない。
「どうか、我らの言葉に従ってください」
今になって、玉は藍閑の刺客の存在を伏せてしまったことを悔やんだ。
目を伏せる。そして、開く。
優しい目をして口にする商人の言葉は、丁寧なのにひどく冷酷だった。
「貴女にあの王はふさわしくありませんよ、姫」
どうすれば……どうすればいい?
このままでは、蓮たちが鳳夏〔ここ〕にいられなくなる――。
考えて、玉姫は目の前がぐらつくとそのまま真っ暗な闇に落ちた。
*** ***
気がつくと、見慣れた寝台の天蓋があった。
何があったのか、すぐに玉は理解した。
倒れたのだ、と……はじめての経験だったけれどなんとなく身体がだるかったし、最近は特に体調が不安定だったから、こういうこともあるいはあるかもしれないと気にはしていた。
ふぅ、と息をつくと、急に扉が開いて血相を変えた蓮が彼女をとらえた。
玉が寝台から身を起こしているのを見ると、目を瞠り問うように侍女を見る。
(あんなふうに怖い顔で睨まなくてもいいのに……怯えてるわ。かわいそうじゃない)
身を縮めた小柄な侍女にぼんやりと同情して、玉は彼がどうして昼間のこんな時間にここにいるのか考えた。
「玉、倒れたと聞いたが、本当か?」
寝台のそばまで寄り、端に腰掛けた王に玉はようやくその意味を知った。
「ええ、そのようね。……もう、平気よ」
覗きこむ赤い双眸に、玉妃は微笑んでそれ以上は口にしなかった。
「なら、いいが……」
不可解そうに彼女をしつこく眺めていた蓮だったが、事実血色が赤みを帯びていたのでとりあえず追求はしなかった。
「蓮」
ふり返る王へ、玉は自分が引き止めておきながら首をふった。
「いいえ、ごめんなさい……気にしないで」
伝えようかどうか迷って結局、玉妃は言うことを止めた。
いま、彼によけいな想念をあたえるわけにはいかなかった。せめて、誤解を解くまでは……そのために自分にできることをしよう。
そうかたく、彼女は決心した。
2.秘密へ。<・・・3・・・>4.交渉へ。
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