2‐2.秘密
妃にかしずく侍女たちは、まだあどけない少女たちが多い。
かしましいことこの上ない寝室で、侍女頭と呼ばれる地位にある年配者がきゃわきゃわと集まる侍女たちにそれとなく釘を刺したりもするが、だからと言ってその話を止めようとはしなかった。
釘を刺すのは、仕事の能率にかかわるからであって、けっして話題をそらすためではないからだ。
むしろ、その話は侍女頭にしても重要なことだった。
この国の王と王妃のことなのだから――。
「玉さま、玉さま、頑張ってくださいね」
「ふふふふふ、楽しみだわー。早く見たくってたまりません……どういう顔をなさるか、きゃー!」
甲高い嬌声をあげて、侍女たちは中心で寝台に入る身支度をする妃に――本来なら禍々しいハズの赤い目をキラキラと無邪気に輝かせた。
困ったように、微笑んで玉妃〔ぎょくひ〕こと鳳玉〔ほう ぎょく〕は息をつく。
(他人事だと、思って……)
まったく、侍女たちの無責任な応援に悪態もつきたくなる。
あの王を相手にするのがどんなに大変か、彼女たちにはきっとわからない。わかっていてほしくもないけれど……頑張るって、一体どうすればいいのか。
さっぱり、玉にはわからなかった。
(一体、どうすれば……?)
と、考えこんでいると頭上から声が降る。
「今日は、またやけに騒がしいな? 何か、あったか」
盛り上がっていたせいか、不覚にも彼が部屋に戻ったことに まったく 気づかなかった。
侍女たちが、キャッと悲鳴をあげて退くと見事なまでに口をそろえて言った。
「お帰りなさいませ、蓮王さま」
そして、壁にそって並んでニコニコと彼女たちの王と妃を眺める。
「御用はございますか?」
「ない」
「それでは、ごゆっくりお休みくださいませ」
お辞儀をして、顔をあげた彼女たちの目がわずかに玉妃をとらえてウィンクする。
「頑張ってくださいねっ!」
キャー、とふたたび甲高い声をあげて怒涛のように立ち去った侍女たちを眺めて、蓮はしばらく黙ったまま何かを考えていた。
玉は、頭を抱えたくなりながら、とりあえず身支度を続けた。
「頑張るって、何を頑張るんだ? 玉妃」
からかうような、くすくすとした笑い声とともに蓮の声が訊く。
「さあ? わたしにも何のことか サッパリ 見当がつきませんけれど……」
くい、と顎を持ち上げられて言葉の続きは遮られた。
もともと、彼は答えを期待していたワケではないらしい。
玉妃の長く黒い髪と頬の白い柔肌に触れて、ニヤリと笑う。
「惚けても、遅い」
「ひゃっ」
瞬間、蓮に身体を持ち上げられて玉妃は戸惑った。
「れ、蓮?」
寝台に投げ出されて、さらに動揺する。
天蓋つきの寝台に膝をついて、彼女に迫る王を仰ぐ。
「や、だ……んん」
唇を塞がれて押し倒されると、そのまま彼の体重がのしかかってきて容易には動けない。
「………蓮?」
ずしり、と重いその身体が首筋に顔を埋めたままグラリと横に傾いて、転がる。
「なによ……」
寝息をたてる王を上体を起こして見下ろし、玉妃は少し乱れた裾を整えて呟いた。
日に焼けた浅黒い肌に触れて、精悍な横顔と閉じられた瞼に拍子抜けする。
燃えるような赤い目が、本当はとても恋しい。
求められれば、抗〔あらが〕えない身体は結局、彼女の意思だった。
寝台のシーツを引っ張って寝入ってしまった彼にかけ一緒にくるまると、まるでそこが自分の場所のように安心する。
目を閉じれば、すぐにでも眠れる。
玉は睡魔に囚われる瞬間に、ふと気になった。
( こんなに蓮が疲れてるなんて……何か、あった? )
けれど、その疑問に答えるものはなく、彼女もまたすぐに意識を手放した。
*** ***
翌朝。
早朝から意気ごんでやってきた侍女たちは、部屋に玉妃しかいないことにあからさまにガッカリと肩を落とした。
「玉さま、昨夜は――?」
すでに、身支度を終えた妃がチラリと侍女たちへと視線を投げるとツイとそらす。
「さあ?」
あきらかに機嫌が悪いと察した侍女たちは、かいがいしく玉妃にかしずいて何とか機嫌を直してもらおうと必死になった。
そんな彼女たちの仕事ぶりを眺めて、玉はため息をつく。
こんなのはくだらない八つ当たりだとわかっているのに、今朝の口論のことを思い出すと優しく接することができない。
彼女たちの眼差しが、彼の色と同じだから……。
関係ない、と自分を拒絶した蓮の色に似ているから――今は、見たくもなかった。
朝、目が覚めて最初に感じたのは彼の腕の感触だった。
面白がるような、けれど半分本気の入った試すような動き。
身じろいで、玉は頬が熱いままシーツをかぶった格好で彼女に覆いかぶさる朝日の中の王を睨んだ。
朝っぱらから見るには性急すぎる、妖艶な輝きのある赤の瞳に玉はつい逃げてしまった。
「蓮、何かあった?」
彼は不思議そうに妃を見て、「何が?」と気のない返事をする。
朝の誘いを体よくあしらわれたからか気をそがれた蓮は、寝台から離れると早々に身支度を整える。
「だって、変よ。昨夜だって……ねえ、疲れてるんでしょう?」
寝台の妃をふり返ると、ふんと鼻で笑った。
「おまえには関係のないことだ、玉」
と、あまりの言葉に玉は目を見開いた。
唇を寄せてきた彼に、息のかかるほど近くで冷ややかに言う。
「触れないで、出ていって」
キッ、と睨むと、蓮は肩をすくめてアッサリと彼女から離れた。
それがまた、癪にさわって玉は剣呑にその姿を追った。
「また、来る」
と。
扉に手をかけた蓮が、ケラケラとご機嫌ナナメの姫を赤い瞳でとらえて、野卑た一種独特の不快な笑い声をあげた。
1.波乱へ。<・・・2・・・>3.誤解へ。
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