2‐1.波乱
大国「清葉〔せいは〕」の近隣国である「鳳夏〔ほうか〕」は、数ヶ月前に蛮族の「屈〔くつ〕」に襲われた。
鳳王の末姫・玉〔ぎょく〕以外の王宮にいた全員が殺された凄惨な記憶は色あせるには生々しく、いまだ王宮に爪痕を残していた。
正式に鳳玉〔ほう ぎょく〕と結婚を果たした屈の王・蓮〔れん〕は、鳳夏の王をも継承することになったのだが……ここにきて鳳夏の要人から激しい反発を受ける。
理由は、あまりに当然すぎて蓮でさえ納得するものだった。
つまりは、「わが国を襲った蛮族の王」に従う義理はない、とのこと。
その彼らの有無を言わせぬ形相に、くつくつと蓮は笑い玉座に座りながら「なるほどな」と頷いた。
当初、彼らは屈に対して従順だった。
それが、今更になって方向転換をしてきたのにはワケがある。
屈に襲われた当初、混乱の中にある鳳夏に隣の国の藍閑〔らんかん〕が不穏な動きを再三にわたって行っていた。主に国境近くの地域の治安がいちじるしく低下し、頻繁に藍閑の攻撃を受けるようになったのだ。
そのため、治安維持を目的に彼らは屈の兵力をあてにしてきた。屈は、流浪の少数部族ではあるがその騎馬による機動力と攻撃力、多彩な兵法はほかのどの大国にも追随を許さない。
かの「清葉」でさえも、その一部族の兵力に防御壁を建造したくらいなのだ――だからこそ、鳳夏の民は侵略者である屈を寛容に受け入れた。
しかし。
ここにきて、藍閑の動きはピタリ、と影をひそめる。
と、鳳夏の民はそれにある疑惑を持った……らしい。
蓮は日に焼けた黒髪から、赤い目を覗かせる。
「屈」の色とされる不吉の象徴。
玉座に居座った、騎馬民族独特の身軽な軽装と、重厚な革靴。野蛮な態度。
血のような輝きは、十分に目の前の鳳夏の要人たちの不安と憤りを煽〔あお〕った。
「すべて、目論見か?」
喘〔あえ〕ぐように口にして、黙る。
違う、と抗弁したところで信用を得るのは難しい……蓮はその場は疑惑を受け流して彼らから逃れた。
みなが去ったあと。
「 俺の 目論見ではないが、確かに 誰か の悪意を感じるな」
彼は、笑みを浮かべたまま深刻に呟いた。
*** ***
「 嫌がらせ ですね」
玉座の間に集められたいつもの腹心の部下四人の中で、蓮の右側に座った紅〔こう〕が身も蓋もないことをいともあっさりと言い切った。
紅は、王があの鳳夏の面々と対話していた一部始終を傍観していただけあって、会話の詳細まで把握している。
「まあ、彼らの気持ちは理解できますが、少々厄介なことになりますよ? 蓮」
「うん」
玉座に座った蓮は、頷き、「仕方ない」と苦く笑った。
「確かに仕方ないのう、藍閑の王も嫌がらせをしたくなるだろうて……奥方が、まさか仇〔かたき〕となる貴方を選ぶとは 夢にも 思わなかったに相違ない。そう思うと、少々哀れでもある」
しわがれた低い声を愉快そうにひゅーひゅーと鳴らして、狡猾な蘭思〔らんし〕は骨ばった自分の指を撫でた。
「俺は、解せねぇな。いくら求婚した姫さんを王に取られたからって、やり方がまどろっこしいじゃねぇか」
一人、いきまく炎嘩は拳を床へと叩きつけると、人を震え上がらせるのに十分な業火の眼力で蓮を睨んだ。
「王だって、タダで姫さんを手に入れたワケじゃないだろう?」
まさしく、命を差し出しての結果だ。
でなければ、あの高貴で頑なな鳳夏の末姫の心を溶かすことなどできなかった。
「――さあな。俺はタダで手に入れた……と思っているが、だからと言って譲る気もない」
おだやかな表情で言って、今にも剣を抜きそうな体躯のでかい炎嘩を制した。
「これから厄介になりそうだが、俺を王に持ったのはおまえたちの勝手だからな。つき合ってもらうぞ」
「御意」
紅が短く即諾すると、蘭思も続き、祈江〔きえ〕も静かに頭を垂れた。
最後まで、ぐるぐると唸っていた炎嘩もついには腰を下ろして渋々頷いた。
「王の決定には従う。――しかし、黄貴王だったか? 姫さんにこっぴどく振ってもらうっていうのはどうだ? ひん曲がった根性も入れ替わると思うんだが」
「 ……炎嘩、それは無理だと思うわ 」
祈江が、ポツリと口にした。
「なんでだ? 根性の悪いヤツは治らないってコトか?」
「 アレ以上、酷く振ることなんてできないと思うの 」
蓮王の刺客として、玉姫の手引きで異国の商人として王宮に入った黄貴王の側近は、彼女の裏切りによって彼女の手で殺されたのだ。もちろん、藍閑も刺客を送りこんだと公にするワケにはいかないから、表立っては抗議をすることもできない。
しかし、玉姫が正式に屈の王の妃になると報じられれば、ある程度の想像をうながすことはできるだろう。
たぶん、黄貴王にとっては面白くもなんともない話だ。
( 嫌がらせ、か )
蓮は紅の言葉を反復して、なんとなく玉座の高い天井を仰いだ。
(確かに、そんな感じだな)
1・・・>2.秘密へ。
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