1‐5.恋心
「おぬしらが、我らを藍閑の兵から守ってくれると言うのか?」
「そうだ。証拠にここに滞在する間は守ってやってるだろう?」
「………」
窟の王の申し出に鳳夏の諸侯たちは、顔を見合わせる。確かに混乱に乗じた幾度かの藍閑の侵攻は、窟の反撃によって止められていた。
「…それなら、私たち商人の護衛も頼めないでしょうか?」
商人たちが窟の王にこんなことを頼むのは、旅の道中に藍閑の兵が盗賊を装って襲うことが頻繁〔ひんぱん〕にあるからだ。
窟の王は赤い瞳をギラギラと輝かせ、見定めるように跪〔ひざまず〕く彼らを見る。
「………」
「いいだろう、しかし只〔タダ〕というワケにはいかんぞ」
「と、言うと?」
「我らに土地を与えてくれればいい。そうだな、山一つほどの土地……それで守ってやろう」
諸侯も商人も顔を見合わせ、驚きを隠さない。しかし、荒唐無稽な取り引きというワケでもない。幸いなことに、鳳夏にはまだ、人の手のつけられていない土地がいくつかあったのだ。
そうして論外にこの窟の王が交渉上手であったことが、彼らに安心感を与えた。いくら心優しい王であっても、他の国との駆け引きが上手くなければ、民は安心して暮らせないもの。
だが、この男であれば、あるいは先の鳳夏の王以上に信頼できるかもしれない……と。
代表して、鳳夏でも一・二の土地を所有する諸侯が、答えた。
「便宜〔べんぎ〕いたしましょう、窟の王。しかし、すぐとは返事しかねます」
「そうだな、では半月の猶予をやろう」 その王の動作に、鳳夏の民は頭を深くさげた。
自室の窓から見える宮廷の回廊を、珍しく鳳夏の服を着た人間が歩いていたので、玉は不思議に首を傾げた。
あの男――
蓮が何かやっているのか?
「 玉姫 」
「キャッ!」
背後から現れた突然の声に、玉は悲鳴を上げた。もう聞き慣れた男の声である。
「蓮!」
「何をそんなに驚いてる? もう、慣れたと思っていたがな」
彼が許可なしに部屋に入ってくるのも、この午後の時間に訪れるのも習慣となりつつあった。
「………」
鳳夏の服に身を包んだ玉は、侍女たちを睨みつける。
どうせ部屋に入れたのは、彼女たちなのだ。
「そう怯〔おび〕えさせるな、玉姫」 「怯えさせてなんかないわよ! ただ、どうして私に断わりなく貴方を部屋に入れてるかを問い質してやろうと思っただけだわッ」
彼女の剣幕に侍女たちは赤い目を、ふるふると気弱げにふるわせた。
ふん、と鼻をならすと、蓮の赤い目はあたかも見下す動作で玉をとらえた。
「当然だ、おまえよりは俺の命令を聞くのが正当だろう?」
カッ、と玉は蓮を睨んだ。手の平をふりあげる。
「っと。俺に二度はないぜ、玉姫?」
玉は、蓮に掴〔つか〕まれた手首をどうにか自由にしようと試みたが、この男の力の強さはあの夜に実証ずみである。
唇を噛〔か〕んで、それでも負けじとののしった。
「なによ! 貴方なんか。大っキライ! この女っタラシ!」
「女っタラシ?」
不可解なその言葉に、蓮が首をかしげる。一体、どこでそんなことを思ったのか? それが不思議だった。
「何、とぼけてるのよッ。私が知らないとでも思ってるの! 他にも女がいるクセにッ」
「女?」
そうして、真っ赤になっている玉を見ると、ふふんと意地悪く微笑んだ。 「妬いてるのか? 玉姫」
「 な?! 」
さらに彼女は真っ赤になった。
クックックッと笑いを噛みしめた蓮は、絶句した女の鳳夏の胸元を指で少し開けてみせる。
「可愛い女だな、嫌いな男にも嫉妬をするか?」
「! バカ、言わないでッ」
開かれた胸元を押さえると、玉はトーンを下げた声で罵倒する。胸が高鳴っていた。
まっすぐと蓮が見れない。
半分、彼の指摘は当たっていた。そう、自分はこの……不穏な赤い目が微笑むのを、意地悪くゆがむのをいつしか待つようになっていたのだ。
――ダメダ
――コンナ男ニ……心奪ワレテハ…イケナイ
もう一人の自分が牽制に入るが……けれど、もう気づいてしまった。
「…やはり、おまえには鳳夏の服だな」
不思議に静かな蓮の声を、玉は俯いて聞いた。
――ソレハ、ドウイウ意味?
彼に掴まれた手首が赤くなっているのに気づいて、玉の胸が切なくうずいた。
数日後、「載冠の間」に朗報が届いた。
どうやら、鳳夏の民は窟を受け入れる土地を確保したらしい。その旨を書いた書状を手にしたままの王に紅〔コウ〕がゆっくりと話しかける。
「なかなか、いい土地らしいですよ? 蓮」
近しい臣従の言葉に、蓮は曖昧〔あいまい〕な相槌をうつ。
「蓮、どうしたんですか? 蓮?」
「ん、いや……何でもない」
ピルルルルルル、どこかで小鳥の美しい囀〔さえず〕りが聞こえる。
4.謀略へ。<・・・5・・・>6.別離へ。
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