1‐2.安住


 鳳夏の宮廷の近くに、窟の弔〔とむら〕い塚が造られたのは、襲撃からしばらく経ってからのことである。
 鳳夏の宮廷を襲った窟は、彼らの形態なのだろう、宮廷を根城にして、しばらくの休息を手に入れた。
 それほど大規模な集団ではない。窟は一国の城に収まりきるほどの、噂の力とは裏腹な意外なほどに小さな騎馬軍団であった。
 その中、鳳夏の末姫、鳳玉は皮肉ではあったが「窟の王」、蓮の女となったことで、他の窟の人間から最上級の敬意を与えられた。
 数人の侍女が身の回りの世話をやき、話すことも、触れることにも皆、細心の注意をはらう。
 それは、襲われた王家の人間として、かなり特異な対応であるにちがいなかった。


「どうかしました? 姫」
 侍女の一人が窓辺の椅子に座る主人が、あまりに険しい表情をしていたので覗き込む。
 おぞましいあの赤い瞳も、持つ人間が違えば、こんなにも愛嬌があるのかと、玉は感心した。
 窟の人間の行為そのものは粗野で乱暴ではあったけれど、彼らは決して人を軽んじたり、まして蔑んだりはしていない。
「蓮〔アイツ〕のせいだわ、きっと…」
 爪を噛〔か〕んで、玉は男を罵〔ののし〕った。無理矢理に自分を女にした彼を……父母と姉、それに長く忠誠を誓っていてくれた近臣たちの命を奪った残虐な王を。
 心根は優しい人間を、恐ろしい略奪の民にしたのは王たる彼に違いない……と、玉は信じた。
「信じてください、王は本当はとても優しい方なんですよ、姫」
「わたしたち民のために、鬼になろうとしているだけなのですから……恨むならわたしたちを」
 そう切に訴える侍女たちの声も、玉は聞き入れようとはしなかった。確かに、彼は王としての天賦の才能をもった人格かもしれない。
「…でも、あんな男、人間じゃない…ッ」
 誰の心遣〔こころづか〕いか、彼女の自室と寝室は襲撃の前とすこしも変わらぬ様子に整えられて、そこにあった。
 胸に当てた右手をギリ、と玉は握りしめる。
 せめてもの抵抗の印にと、用意された窟の衣装ではなく数少ない鳳夏の服を身にまとう。けれどその下には、あの夜に蓮によってつけられた跡が消えないまま、まだ深く残っているのだ。
「――絶対に…」

 男の乱行を思い出したのか、頬を朱に染め女は躊躇〔ためら〕った。震える声で呟く。
「私は絶対に許さない!……あの、王を…!」


 鳳夏の宮廷「載冠〔たいかん〕の間」は、今では窟の王と近臣たる数人のブレーンが謀策する場所となっていた。どこからか、色鮮やかな鳥が入ってくる。

 ピルルルルル…

 蓮の肩に乗った鳥は、心地よい歌声を彼らに披露した。
「よい土地ですね、鳳夏〔ここ〕は。蓮」
 黒髪から覗く紅い瞳は皆同じではあったが、一際長い黒髪をもつ男の赤はおだやかなオレンジ色に似ていた。
「ああ」
 と、立て膝に座った蓮は、心許〔こころもと〕ない相槌をうつ。王は略奪に動く時以外は、どちらかといえば普通にてっする男だった。
「しばらくは、ここで食い繋ぐことができそうだ」
 飢〔う〕えの恐ろしさを彼らはよく知っている。時に仲間の屍〔しかばね〕さえも食料にして生きてきたのだから。
「しかし、我らも、いつまでもこのような暮らしをしてはいられまい」
「大国「清葉〔セイハ〕」ほどの国力ではないとは言え、鳳夏もなかなかに土地が肥えている……」
「蓮、決断は早くなされた方がよいかと…」
「解〔わ〕かっている!」
 不意に苛立った声で、蓮は近臣を見放った。
 齢の功のような狡猾な赤の瞳をした蘭思〔ランシ〕と、腕回りが樹齢百年の幹を思わせる体躯のいい炎嘩〔エンカ〕、冷静沈着な硬質の赤が印象的な祈江〔キエ〕は、すこし驚いたように王の様子を見定めていた。
 おだやかな赤の瞳をもつ紅〔コウ〕は、視線を険しくしていなす。齢が近いせいか、彼は蓮の相談役も兼ねていた。
「蓮、中途半端な感情は捨てることです。たとえ戦場でなくとも、怪我〔ケガ〕をする」
「………」

 何となく紅には蓮の想いが解かっていた。おそらくは、同情や遊びであの姫を囲っているのではないだろうと。
 まだ先代が健在だった、無邪気な子供時代からの付き合いである。蓮がただの興味本位だけで身の危険ともなる女を懐〔ふところ〕へ入れるワケがないのだ。
 蓮は決して、そんなオメデタイ類の人間ではない。
「蓮、私は貴方が決断したことには絶対に服従します。これだけは憶えておいて下さい」
 その紅の言葉に、他の三人も頷いた。
「王の決断が、我らの道となりましょう」
 空気の異変に、蓮の肩からたわむれていた鳥たちがパタパタと飛び立った。まっすぐと近臣と目をうち交〔か〕わすと、窟の王は笑った。
「後悔しても知らぬからな」
 その不穏に赤い瞳が、皆を率いるにふさわしく輝いた。



1.陵辱へ。<・・・2・・・>3.キスへ。

T EXT
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