はこうして廻っいく。side Tokita


〜Satomiya and Chino〜
 エッチ度=★☆☆☆☆

■読むまえに、ご注意ください■
こちらの 「世界はこうして廻っていく。side Tokita」 は、
「世界はこうして廻っていく」の彼の悪友、
鴇田聡史から見た もうひとつ の、「世界」です。
「なおのブログ」にて連載したものの、加筆/修正版
「ホワイトデー企画」作品として再録しました。
ほんの少しですが、二人のその後も垣間見れます。



 「ごめんなさい」と、経理部の扉から飛び出してきた女の子にぶつかって、その彼女の目から涙がポロリとこぼれるのを去り際に見てしまって鴇田聡史〔ときた さとし〕は、(あーあ)と密かに同情した。
(やっちまった、あのバカ)
 アレ、じゃあ「お断り」したのと同じじゃないか。誤解されても仕方ない。
 幼稚園からの幼馴染で、腐れ縁の里宮秋人〔さとみや あきひと〕が失恋しようが、一生恋愛もできないムナシイ人生をそれなりに楽しく謳歌しようが、聡史にはどうでもよかった。
 あの、見た目の「強面」とはほど遠い「幼い」精神年齢の毒牙にかかって、泣く破目になるのは 相手 をする女の方だ。

(まあ、だからって アイツ に「彼女持ち」の噂を流したワケでもないんだが……)

 そこに、かなりの 男の私情 が入っていたのは言わずもがな、というもの。
 しかし。
 こんな場面に遭遇すると、あながち間違いではなかったのではないか? と自らを褒め称えてやりたい気持ちになる。
 今でこそ、中学生並の恋愛感情らしきモノを持ち合わせている(らしい)彼だが、昔はもっと 酷かった のだ。
「 そう考えると、人間って 成長 する生き物だよなあ 」
 と、目をすがめて聡史は昔を懐かしんだ。


   *** ***


 秋人と聡史が、一番最初に出会ったのは……実は、物心がつく前だった。
 気づいた頃には、隣にいて二つのスコップで一つのバケツを共有するような仲だったから、あえて幼少の頃に彼が人並外れて幼いと感じたことはない。勿論、十分に幼い時代のことだから当然と言えば、当然か。
 幼少期を過ぎて、小学校……それに中学校の半ばまでは社交的ではないアレは、周囲の女の子であるクラスメートから異性の対象ではなかったらしく、色恋とは無縁な生活を過ごしていた。が、中学生活も後半のいつからかチラホラと聡史に打診してくる女の子たちが増え、しかも大抵が聡史が気に入っていた知的で大人びた女の子たちばかりだったから口からでまかせがついて出ても、まあ仕方ないと言えよう。
「ああ、ヤツには意中の子がいるよ」
 と。
 あながち、コレは嘘ではない。
 その頃、秋人は年の離れて生まれたヒナくんに夢中で、学校が終われば一目散に家に帰っていたくらいだ。
「ヒナが待ってるから」
 あの仏頂面が、この時ばかりは満面の笑顔を向けてくる。周囲の女の子たちが、それを見て儚くも淡い恋心を打ち砕かれているとは知らない無邪気な野郎だ。
 秋人の精神年齢が、少々年齢不相応なのは……ヒナくんの影響があるのかもしれないと、思ったこともある。
 が。
(いまは、ヒナくんの方が大人びてるしなあ)
 どうやら、考え過ぎだったらしい。アレは生来のあやつめの性格だ。

「なんて、こんなことを考えてたって知られたらヒナくんになんて言われるか……怖い怖い」

 肩をすくめて歩いていると、向こう側から秋人の初めての「彼女」が歩いてきた。小柄で、ゆるくパーマをかけた可愛い彼女は、受付嬢として社内の男性社員のみならず外来の営業や取引先の男性からのアプローチも多いらしい。
 パッと見、小さくて頼りなげな守ってあげたいタイプの女性だった。
 けれど。
 彼女の足取りはシッカリとしていて聡史の前までやってくるとピタリと止まる。

「鴇田さん」
「はい?」
「あなたが里宮さんをよぉく知ってると見込んで、お願いしたいことがあるんです!」

 その茅野繭子〔ちの まゆこ〕の申し出に、鴇田聡史は自らの彼女に対する評価を 大幅に 改めることになる。



「――なあ、秋人」

 照明の光を落とした洒落た居酒屋で、ボソリと聡史はめずらしく飲み会に参加した昔馴染みの友人に言った。
「おまえの 相手 が出来るのは、彼女くらいだろうな」
 何しろ、彼女持ちと言われた男に告白して、その強面の経理マンが差し出した「交換日記」に付き合うなんてなかなか出来ることではない。よほど、この男のことを知らない限りは――だ。

 しかも。

「いきなり、ナンだよ」
 不意をついた、いつもは軽口しか叩かない聡史がそんなことを神妙に口にしたものだから、ギョッと里宮秋人は眼鏡の向こうの鋭い眼差しを心持ち開いてみせる。
 水割りの入ったグラスの中で、カラリと氷が澄んだ音を立てた。
「聞いたぞ。おまえ、彼女からの泊まりのお誘いを ヒナくんを理由に ことごとく断っているそうじゃないか?」
 秋人は、まさかそんなことを指摘されるとは思っていなかったようで、思いっきりむせた。
 「汚いな」と自分のグラスを持ち上げて、聡史はニヤニヤと笑う。
「な、なんで……」
「もちろん、相談されたんだよ。彼女にね」
 ぐぐっ、と言葉を詰まらせた彼は、唸った。
「おまえと旧知の仲の 俺に 白羽の矢を立てて、協力を求められた。なかなかやるね?」
 茅野繭子は「可愛い」だけじゃない。
 恋する女の子は、したたかでかしこくて、信じ難いほどに懐が深い。こんな、恋愛初心者の男には勿体無いくらいだ。
 恨めしそうに秋人は聡史を見遣り、居酒屋の別のテーブルに仲のいい同期の女の子と話している繭子を確かめた。そこには、女の子だけではなく男性も何人か囲んでいて、時折彼女に何事かを話しかけているのを知っている。
「なるほど。アレはおまえの 発案 か」
「可愛い子だからね、俺が手を回さなくても ああいう ことはあるだろうさ」
 確かにな、という表情を秋人はした。
 だから、聡史は彼女に最後の助け舟を出す。
「ホラ、女の子に恥をかかせてる場合か。行ってこい」
「わかってるよ」
「二人での途中退席は不問だ。ただし、彼女からは逃げるなよ?」

 「うるさいな」とイヤーな顔をした彼に、ひとつの有名なスイーツ店の紙袋を「餞別」と渡して、聡史はヒラヒラと手のひらを振って見送った。
 まっ、トーゼン。
 中身は、お菓子のスイーツってワケではないけどね。


おわり。 ・・・> あとがき へ。

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