はこうして廻っいく。act3


〜Satomiya and Chino〜
 エッチ度=★☆☆☆☆
 act2 <・・・ act3(終)



 次の日になっても、その次の日になっても……里宮秋人〔さとみや あきひと〕の心のモヤモヤは消えることがなかった。
 手元に残り続ける(というか、手渡せないだけだが)交換日記。
 茅野繭子〔ちの まゆこ〕と口をきかなくなって、一週間――。

 世間はほんの少し、騒がしかった。


 バレンタインデーのような 華やかさ はない。が、このホワイトデーという日は男性側が「答える」日というだけあって世のカップルたちは 忙しい らしい。
 秋人の職場でも、この日だけは残業をしたくないと期末のような勢いで仕事を片していく面々に、半ば取り残された心持ちさえした。
(いいねえ、相手がいる人は)
 と、何故か考える脳裏に茅野繭子の顔がポワンと浮かんだ。
 いや、確かに告白されたのだから……秋人さえ答えればすんなり付き合うことになるのかもしれない。
(……待てよ。もしかして、今日、返事しないとまずいんだろうか)
 まるで、考えてなかったぞ。オイ。

「 里宮さん 」

 しかも、どうしたものかと考えこんだ瞬間に聞こえた声は、当事者の 彼女 のものだった。
 驚いて目を瞠った秋人は、いつの間にか周囲に人の気配がないことを知る。どうやら、昼の時間になったらしい。
 経理部のみなさんは、考え事をしていた秋人に電話番を押しつけてこぞってお昼に繰り出したと見える。
「みんな、ひどいや……」
 声くらいかけてから行ってくれ……と秋人はひとりごちた。けれども、目の前の彼女が「酷いのは、里宮さんです!」と力いっぱい訴えたから、仰け反る。
「え?」
 なにか、俺がやったか? と心配になる。
「どうして、わたしのこと無視するんですか? わたし、何か気に障ることしたんでしょうか? だったら、言ってくださいっ」
 言ってくれないとわからない、と泣きそうな顔になるから、秋人は動揺した。
 まさか、そんなことで彼女を不安にさせていたとは思い至らなかった。気をつけねば。
 元来、子どもや女性の涙には弱い。が、この茅野繭子の涙はそれ以上の 威力 がある。

 激しい動悸と眩暈。触れたいという衝動。ダメだという理性。やってしまえと唆〔そそのか〕す本能。

 これは、何かの悪い病気かもしれない――。
 彼女のやわらかそうな頬に手を伸ばして、その唇に目がいって手を引っ込める。
 イカン! このままでは、本能のままにやってしまいそうだ。俺は無実だ、と秋人は心の中で弁明する。
「ごめん」
 口をついて出たのは、謝罪だった。
 わざとではないにしろ、自分の行動が繭子を傷つけたのは悪かったと思う。


「――それが、「答え」なんですか?」

 思いつめた沈黙のあと。
 涙をこらえて縋〔すが〕る繭子の目が、秋人を見上げて……華奢な背中を向けると、あっという間に彼の前から走り去った。


   *** ***


 秋人には 何が 起こったのか、分からなかった。
 彼女が何に、あんなにも悲しい顔をしたのかも――気づかなかったほど。


「秋人、なんだ留守番か? いま、繭子ちゃんが泣いて走っていったけど……おまえ、何か悪さでもしたんじゃないか?」

 ニヤニヤ笑う、昔馴染みの友人に睨みをきかせる。
「………」
 こいつとは、二度と口をきかないと決めている。大体、「繭子ちゃん」ってナンだ? 馴れ馴れしいんだよ。俺が 悪さ なんてするワケがない(必死の努力の賜物だ!)。おまえとは違う(誰か、俺を褒めてくれ!)。
 しかし、聞き捨てならない単語がひとつ。
「泣いて?」
「そう。可愛い女の子が泣いてると、つい手を差しのべたくなるよなー。あ、俺は我慢したよ。おまえの大事な 相手 にまで手を出さないって」
 ニヤニヤ笑いで何を言う。
 本気かどうかも怪しいことを鴇田聡史〔ときた さとし〕は並べて、突っ立っている秋人に肩をすくめてみせる。

「ごめん、って、おまえさあ…… アレ じゃあ、彼女に 誤解 されても仕方ないぞ」

 こいつ、どこから聞いてやがった? と、秋人は忌々しく思った。が、どうやら それ どころではないらしい。
(そうか、誤解したのか……茅野さんは)
 って、ちょっと待て。

「うわー! そういう こと かっ」

「――遅いんだよ」
 少々、呆れ顔で聡史は笑って、ポンとうずくまる情けない秋人の肩を叩いた。
「追っかけて、早く 好き って言って来い」
 しかし、ことはそう簡単ではない。と、秋人の目が恨めしそうに訴える。
「教えてくれ、聡史……俺は、茅野さんが 好き なのか?」
 ダメだ、こりゃ……と聡史が心の中で呟いたのかどうか、事務所から追い出されると扉の内側から鍵まで閉められてしまった。
(――部外者にしめ出されるとは、なんてことだ)
 屈辱に苦悩していると、扉の向こうから聡史がおかしそうに訊いてくる。
「あんだけ嫉妬心むき出しにしといて、よく言うよ。じゃあ、一体 なんだ と思ってるんだ?」

「うーん、……病気?」

 ここ、最近の自分のことを思い返して、一番近しいと思われる 単語 だった。
「なるほど、「恋煩い」とはよく言ったものだな」
 と、聡史が感心したように告げた。



 小さな彼女を腕に閉じこめて「好きだ」と言う。
 いきなりなことに驚いた繭子は怯んで、「里宮さん?」と困ったように見上げてきた。
 何しろ、先ほどまで彼女のそばにいた男は、前方五メートルくらい先に吹っ飛ばされていたからだ。
 一応、力の加減はしたが……災難だな、と加害者のくせに秋人は暢気に考えた。
( 今度、営業企画に行ったら謝っておこう )
 企画営業課で子供服の担当主任、のはずだ――。

 今は、それよりも大切なことがある。


「君が、好きなんだ。茅野さん」

 問うように上げられた濡れた眼差しに、目を伏せる。
「俺以外の男は、見ないで欲しい」
 この気持ちが、「初恋」なのだとしたら……君を縛りつける、わがままも、許して欲しい。
 君が――。
 好きだと言ってくれた男は優しくなんかない。ただ、子どもでわがままなだけの成長してない大人なんだ。
 それでも、好きだと言ってくれるのだろうか?
 優しい感触を唇に感じて、秋人は目を瞠った。彼女の唇はやわらかくて、マシュマロのようにほのかに甘く、巧みだった。
「好きです」
 ペロリ、と最後に彼の唇を舐めて繭子は 彼女らしく 無邪気に頬を染めて笑った。
「わたし、里宮さん以外見ません。約束します」
「うん」
 と、鼻先がくっつくほど近く小柄な彼女を抱き寄せ、秋人は 触れる だけのキスをする。


 一瞬。

 茅野繭子の その 背中に小悪魔の蝙蝠のような黒い羽と尖った尻尾が見えた気がしたけれど――里宮秋人は彼特有の 寛容さ で気にしないことにした。


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■ありがとうございました■
最後まで、「世界はこうして廻っていく」を
読んでいただきありがとうございます。
少しでも、楽しんでいただけたなら幸いにございます。
さて。
コチラでご意見をとらせていただいた
挿絵に関するアンケートは
無事、終了するコトができました。
貴重なご協力に感謝いたします。
結果は、「side view」をご覧いただければ一目瞭然ですね。
(2008.3.18.「Ura★Kiro」管理人、なお)