友達と楽しそうに笑いながら歩いている君。 その姿を見つけるとほっとして、それから頬が緩んでくる。 そんな僕を見つけて、君はいつもの通り声をかけてくる。。 「あ、浅井君おはよう。今日の英語の宿題やってきた?後で見せて欲しいんだけど。」 ……やっぱりね。今日も彼女は宿題をしていないらしい。 毎朝、必ず聞かれる事。そして毎朝彼女は僕の宿題を写している。 これってやっぱりいい様に使われているんだろうな。
どれだけ勉強が出来たって、女の子と気軽に楽しい会話を出来るタイプではない僕は、モチロン女の子と付き合ったことなんて皆無だ。 だから、クラスでもかわいいと人気のある 秋山香織(あきやまかおり)にこうして声をかけられるだけでもドキドキする。 彼女はクラスでも一番人気だからね。 ホントなら僕なんて相手にされるはず無いんだ。 彼女が僕に声をかけるのは、単に宿題を写したり勉強を教えて欲しいからなんだってわかっている
この気持ちに気付いてから、いや多分気付く前からいつの間にか彼女を目で追っていた。 いつだっていつの間にか僕の視界に香織が入っている。 いつも笑顔の彼女だけどその笑顔に幾つか嘘の顔がある。 そう、僕は彼女の笑顔が本当に笑っていない事に気付いた。 何故・・・。何故無理して笑うんだろう。
クラスでは存在感の無い彼だけど、本当は頭が良いだけじゃなくてスポーツだって結構できるし、男子同士だと結構冗談なんかも言ったりするのをあたしは知っている。 …もっと注目されてもいいはずの存在なのに…。 顔だって本当は悪くないのよ。髪型に気を使ってあのハリーポッターみたいな形の瓶底眼鏡さえ止めたら絶対女の子がほっとかないと思う。 毎朝彼と挨拶をするたびドキドキするの。 宿題を教えてなんて本当は口実。彼と話したいからわざと忘れてきているの。 同じクラスになって最初に隣りの席になった彼。出席番号が2人とも1番で、日直とか男女ペアで組む事があると必ず彼と一緒になる。 最初は見た目はパッとしないけど優しくて頭のいい男の子って感じだったんだけど…。気付いたらいつでも彼を目で追っている自分がいた。 友達は趣味が悪いって言うの。ひどいよね。彼の事見かけだけで何も知ろうとしないくせに。 まあ、あの眼鏡にボサボサの髪型じゃね…誤解されても仕方ないのかもしれないけど。 あの厚い眼鏡にガードされている彼の本来の顔を知る人は少ないと思う。 彼は…凄く綺麗な瞳をしているの。とても優しくてとても純粋な瞳を…。 偶然眼鏡を外した彼の瞳を見たとき全身を雷が駆け抜けるような衝撃があって鳥肌が立った。時間が止まったかのように彼しか見えなくて周りの風景も音も、彼以外のもの全てが動きを止めていたのを覚えている。 眼鏡を外したら超美形って話は漫画でよくある話だけど、彼は美形と言うよりハッとする魅力があるって言うのが正しい言い方のような気がする。
凄く人を惹きつける綺麗な瞳。 彼の瞳を覗き込んで勉強を教えてもらう朝の僅かの時間が大好きになって…。 目を細めて笑うふとした表情も、ボサボサの髪に益々くしゃくしゃにするように髪をかき回す癖も、時々視線が絡んだ時に見せるドキッとするような色っぽい表情も…。 気付いたらいつの間にか大好きになっていた。 浅井…廉。廉くん…廉……あなたが大好き。 思いを伝える勇気も無いあたしだけど…あなたが勉強を教えてくれる僅かな朝の時間だけはずっとずっと大切にしていたいの。 この想い…いつか伝える事が出来るのかな。 そのとき廉君はあたしを受け入れてくれるのかな。
カワイイよなぁ…。 パッチリとした二重の大きな目に長い睫毛、化粧をしている訳でもないのに、透き通るような綺麗な肌にほんのりとバラ色の頬。ぷっくらと形の良い唇を突き出してふてくされた様に僕を見つめてくる。 そんな顔しないで欲しいんだけどね。 君への想いが顔に出てしまうと困るだろう?心臓がバクバクと鳴って五月蝿いのを君に聞かれやしないかと心配だよ。 「何、わからないの?」 そう言って彼女のノートを覗き込む僕。距離が一気に縮まってふわっと彼女の甘い香りが漂ってくる。 うわ…いい香り…。何だろうコロンかな、シャンプーの香りだろうか? どっちにしても僕にはいっぱいいっぱいで…もうこれ以上教えられそうにも無かった。 これ以上彼女といるのが辛くて…。 これ以上彼女といると、もっと好きになってしまいそうで、自分の気持ちの暴走を止められなくなる。 もう…ムリだ。これ以上は限界だよ。 想いを伝えたくなってしまう。 君に迷惑をかけてしまう。 君には不釣合いなこんな僕が君に告白したら君はどんな顔をするんだろう。 困るんだろうか。…いや、『冗談でしょう?』って笑うかもしれない。 そんなことになったら…きっと立ち直れそうに無いよな。
僕が君に期待してしまう前に…
「え…。浅井君…?」 「こうして教えるの…今日で最後にしたいんだけど。」
彼女は何ていうだろう…。あっそ!何て冷たく言われたらかなり凹みそうだな。
「ど…どうしたの?そんなに問題難しかった?」 何をとんちんかんな事を言ってるんだろう僕は。でも、彼女の涙の理由がわからない。 何故?まさか、彼女は俺の言葉で傷ついた? まさか……。 自分の言葉が彼女を傷つけるなんて思いもしなかった。彼女はもてるし、僕の存在なんて宿題を教えてくれるクラスメイトくらいだろうから。 でも、彼女の唇から出てきたのは信じられない言葉だった。
彼女の瞳からポロポロと大粒の涙が流れ出して止まらなかった。 何で泣くんだ?これじゃ僕が彼女を泣かしているみたいじゃないか。いったいどうしたらいいんだ。 「あたし毎朝浅井君と勉強できて嬉しかったの。廉くんの気持ちも考えないでひとりで楽しみにしていたりして…ごめんなさい。」 どうしていいかわからずにオロオロしている僕に香織は信じられない言葉を残して教室を出て行ってしまった。
まさかとは思うけど、香織にとって僕は単なる『都合のいいクラスメイト』なんかじゃなかったって事?
廉くんは困っていたと思う。あたしが急に泣き出して戸惑った顔をしていた。 そりゃそうだよね。誰だって、好きでもない女の子に毎朝宿題を写させてあげて、さらに勉強を教えて自分の大切な時間を割いてたら迷惑に決まっているよね。 ごめんね。廉君…。 何が起こったのかわからないという顔をしている廉君に『ごめんなさい…。』と言うのがやっとで、そのまま顔を見ているのが辛くて教室から駆け出してしまった。 涙をこれ以上彼に見られないように…。
あんな事でポロポロ泣き出して…絶対に迷惑かけちゃったよね。
「あなたが好きです」って…。
この場所で初めて見たんだ。廉くんが眼鏡を外しているところ。 ちょうど木陰になる桜の木の下で眠っている彼を見つけたのは桜が花の季節を終え緑の美しい葉桜になった頃だった。 それまで、クラスでも目立たなかった彼なのに眼鏡を外した廉くんは何処か普段と違って見えて、何だか胸が切なくなるくらいに締め付けられてドキドキした。 普段の彼はもしかしたら本当の彼じゃなくて、もっと色んな顔を持っているのかもしれない。 そんな風に思えて、どんどん廉くんへの興味が膨らんでいく。 ボサボサの癖のある髪はそのままなのに、「もしかして人違い?」そう思ってしまうくらい彼の寝顔は本当に無防備で、幸せそうにうっすらと笑みを浮かべる彼の薄い唇に触れてみたくて…。
それまで以上に胸がきゅんって痛くなって、それから耳元に心臓があるようにドキドキと五月蝿く鳴り始める。本当に病気なんじゃないかと心配になるくらい苦しくて… そんな顔を見られたくなくて、何よりキスしたことを気付かれたくなくて、彼が眼鏡を手探りで探している間にあたしは慌てて逃げ出してしまった。 廉くんは眼鏡がないと世界がぼやけて見えるって言っていたから、あの時あそこにいたのはあたしだって今でも気付いていないみたい。 気付かれなくて良かった。 あのときのあたしの顔を見られていたら、この気持ちを知られてしまっていたかもしれない。 あの瞳を見た瞬間から…ううん、彼の寝顔を見た時からあたしは恋に落ちていたんだと思う。
あたし自分のことばかりでいつの間にか廉くんに迷惑かけてしまっていた。
小さな声だけど確かに耳に飛び込んできた、信じられない香織の呟き。
このシチュエーションで考えられるのは一人しかいないような気がするが、それって僕の自意識過剰ってヤツだろうか。 自惚れかもしれないと思っていたけど、本当に自惚れてもいいんだろうか。
どうしてそこまでするんだろう。 どうして彼女はいつも笑おうとするんだろう。 君の笑顔は大好きだけど無理して作る苦しげな笑顔は辛いよ。
僕には彼女の顔なんて見えなくて、ぼんやりと輪郭だけが桜の木の下に香織が座り込んでいる事を教えてくれている。
この香り…この雰囲気…もしかして同じクラスで隣りに座っている秋山香織ではないかと感じてうっすらと目を開けた。
あれは…やはり香織だったんだ。
彼女の笑顔が見たい。 彼女の本当の心からの笑顔が見たい あの日の微笑を感じるだけじゃなく、この目で確認できる距離で見てみたい。
ああ、これで嫌われてしまったかな。 でも、後悔しない。 ちゃんと僕の気持ちを伝えるんだから。
君の顔を見たくて一歩また一歩と近付きながら君の返事を待つ。 君は許してくれるだろうか。こんな冴えない僕が君を見つめている事を…。
「ずるい…?」 「そうよ。あたしのほうが先に廉君を好きになったのに、廉君が先に告白しちゃうなんてずるいよ。」 香織はそう言って溢れる涙を擦ってから、怒ったように僕に向かって進み出た。 距離が縮まり、香織の輪郭がはっきりと捉えられる距離になってようやく香織の口元が微笑んでいるのがわかった。
君はほら、僕の傍でこんなにも自然に幸せそうに笑ってくれる。
心の迷いに言葉を詰まらせた僕の背中を香織の笑顔が押してくれたような気がする。
ずっとずっと好きだった。 あの日この場所で眠っていた彼にそっと唇を寄せたときから
現実なのだと確かめたくて、彼の元へと歩み寄ると手を伸ばしその腕に触れた。 廉君の温かい体温と、緊張の為か腕から伝わる僅かな震えがこれを現実だと教えてくれた。 悲しみの涙が幸せの涙に代わるのを感じる。 心があなたを求めている。 「あたし…廉君が好き。春にここであなたを見かけてからずっとずっと好きだったの。」 あたしは廉くんに微笑んでいられたのかしら。 あまりにも嬉しくて涙が止まらなくて…あたしの表情は泣き笑いだったに違いない。 触れた先から二人の胸の鼓動が伝わり頬が熱くなるけれど、互いの鼓動が同じリズムを同じ速度で打っているのを感じて心が満たされていくのを感じる。 緊張で僅かに震える指があたしの身体をふわりと抱きとめてくれた。 とたんに心がもっとあなたを知りたいと騒ぎ出す。 あなたが好きです…廉君。あなたをもっと知りたい。
僕の言葉を待っていたかのように、彼女は僕が今までで見た一番の笑顔を僕にくれた。
「あたし…廉君が好き。春にここであなたを見かけてからずっとずっと好きだったの。」 ふわりと手を伸ばし僕に触れてくる香織。 触れた先から二人の胸の鼓動が伝わり頬が熱くなるけれど、互いの鼓動が同じリズムを同じ速度で打っているのを感じて心が満たされていくのを感じる。 緊張で僅かに震える指が君の身体をふわりと抱きとめる。 まるで生まれたての子猫を抱いているように柔らかで不安定で、こんな危うい君を心から護ってあげたいと思う。 心の奥から強い思いが込み上げてきて、震えていた指が静かに治まっていく。 君を抱きしめる。ただそれだけで僕を強く変えていく何かが、君にはあるんだろうか。 「あなたをもっと好きになってもいい?ずっと好きだって言えなかった分取り戻したいんだけど。」 そう言って僕を見上げてくる輝かんばかりの君の笑顔が眩しくて、柔らかな頬に手を添えると彼女に負けないくらいの思いをこめて微笑んでみせる。 「僕も君をもっと好きになってもいいのかな?いままで想いを抑えてきた分この想いが止まらなくなりそうで怖いんだけど。」 「いいよ、止めないで…。全部受け止めるから。廉君の想いはあたしの心で全部受け止めるから。廉君はあたしの想いを受け止めてくれる?」 「モチロン。どれだけでも受け止めるよ。君が僕の想い受け止めきれるか不安だけどね。」 「あたしのほうが先に好きになったのよ?受け止めきれないはずないでしょう。こんなにも…あなたを好きなのに…。」 擦れるように切なく響く香織の声に思わず感情を抑えきれず強く抱きしめる。 高鳴る胸の鼓動も、少し早い息づかいも、いつもより高い体温も全ては君の為だけに引き起こされる類稀な現象で…これを治めるのはたった一つの特効薬だけだって僕は本能で知っている。 香織の顎に指を添え上を向かせると静かに唇を寄せる。
どうして僕は君に相応しくないなんて思っていたんだろう。 香織とのキスの相性が僕たちの相性を教えてくれているじゃないか。
唇を離す間も惜しくて触れたまま呟く。 「廉君がこんなにキス魔だとは思わなかったわ。」 キスの合間に甘い吐息と共にそう呟く君が愛しくて…何度もその可憐な唇を啄み堪能する。 「誰にでもって訳じゃない。香織限定だから…。僕の想いを受け止めてくれるんだろう?」 「うん…大好き。廉君。」 「僕も好きだよ。香織…もう、香織に溺れそう。」 「クスッ…溺れるって?」 「香織のキスの虜になった。もう、離れられない。」 「あたし以外の人とキスしちゃ嫌よ。」
「うん、そうだね…。行こうか。」 離れがたい気持ちを無理やり押し留めて唇を無理やり引離す。 心が引き裂かれるような寂しさを覚えるのは僕たちの気持ちが一つになったからだろうか。
少し君を引っ張るようにしてその場を後にする。 …はずだったのに……
優等生の浅井廉なんてもう要らない。 僕の中の新しい僕が君の手によって目覚めていく。 君のその微笑が僕の心を明るく照らし、鈴の音の様な澄んだ笑い声が僕の心の扉を開く。 君の隣りに相応しい男になるために僕は変わっていくのかな。
友達と楽しそうに笑いながら歩いている君。 その姿を見つけるとほっとして、それから頬が緩んでくるのは僕。 そんな僕を見つけて、君は満面の笑顔で声をかけてくるだろう。 「あ、廉君おはよう。」 君は僕に向かって駆け寄ってくる。 それからこう聞くんだ。
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