りそそぐの下


Glacial Heaven
■著作権は、鹿室明樹さまに帰属しています■
こちらの 「ふりそそぐ星の下」 は、「Glacial Heaven」の管理人さまである
鹿室明樹さまが相互リンクの記念といたしまして、贈ってくださいました
単独読みきり小説です。
天文マニアな男の子と、彼に言い寄る女の子でリクエストしましたら……
あらあら、まあまあ(バシバシ!)!
男の子の性格がいい感じに鹿室さん色に染まっております。
よくってよ、よくってよ!
男の子の豹変度が、かなりのポイントですヨ!!
個人的な楽しみを提供したいため、隠しページにて「 その後 」を繋げています。
隠しページは、 R18指定 です。
前後左右には、くれぐれもご注意ください。m(__)m



 2時の上映が終わって客がはけると、諸橋哲也(もろはし てつや)は投影機の巻き戻しを始めた。
 上映時間と同じ時間をかけて巻き戻すプラネタリウムの投影機は、映画館などに比べて入れ替え時間が長い。だいたい1時間に1回の上映で、コスト的にもよくないだろう。だけどなくならないのは、みなが星空に憧れを抱いてるからだと哲也は思う。
 投影機の巻き戻しの間、哲也達職員は、観客席の忘れ物をチェックしたり簡単な掃除をしたり、売店で天文関係のグッズを売ったりする。ぼけっとしているわけではない。
「こんにちはーっ」
 元気な声がして、一人の女性が入ってきた。
「小堀(こぼり)さん。毎日毎日何の用だよ」
 哲也はちょっと、眼鏡の奥の目を細めた。
「お客に向かってそれはないでしょー」
「プラネタリウムを観る人を、ここではお客と呼ぶんだよ」
「いいじゃない、暇なんだもん」
 暇という言葉はこの仕事に禁句だ。ちらり、と睨まれて肩をすくめてみせるが、小堀織絵(おりえ)は平気だ。
「だいたい、大学はどうしたんだよ」
「もう卒論出しちゃったし、採用試験も終わって結果待ちだもーん」
 ポストカードを物色しながら、織絵は言った。
「だから、諸橋さんに会いに来たの」
「俺は仕事中なんだけど」
「いいよ、あたし、諸橋さん見てるだけで幸せだから」
 哲也はため息をついた。

 織絵は大学4年生。教育実習先の幼稚園の遠足に付き添ってこのプラネタリウムに来た時、哲也に一目惚れしたという。
 それから時間の許す限りプラネタリウムに遊びに来て、哲也にアタックしている。
 哲也は、天文フリークで学者肌、昔から女性に好意を寄せられても相手にしてこなかったような男だ。繊細そうな外見と物腰の彼に、ストレートに感情をぶつける女性も織絵が初めてだし、ちょっと戸惑い気味である。
 織絵のことは、嫌いではないと思うのだが。

「ねーねー諸橋さん、今度どっか行きましょうよー」
 入荷したばかりの星のクッションを抱きしめて、織絵が言った。
「どっかって……」
「デート。いつもここでしか会わないじゃないですか」
「ていうか、あんたが押し掛けてるんだけどね」
「んもー、つれないなぁ」
「諸橋、デートしてやれや。小堀さんこんなに想ってくれてんだからよ」
 先輩技師が隣からちゃちゃを入れる。
「先輩は黙っててください」
 哲也に睨まれて、先輩はけらけら笑いながら奥の事務室へ消えた。
 だが、と哲也はちょっと考えた。
「……まぁ、たまにはいいかな」
「へ?」
「今度の休み、出かけるか」
 織絵がきらきらした目で頷いた。

 哲也の肩書きは、プラネタリウムが併設されている科学文化館のキュレーターである。だからという訳じゃないが、いつもプラネタリウムでは簡単な恰好に白衣を羽織っている。または、投影機のメンテナンスのためにツナギを着て白衣というミスマッチな恰好をすることもある。ともかく、着るモノにあまり頓着しなくていい職業だ。
 そして哲也自身、着るモノに頓着しない性格である。織絵と出かける事になっても、普段通り、ダンガリーのシャツにパンツ、寒いといけないからとジャケットを羽織って出かけた。
「私服ってもしかして初めてみるかなぁ」
 織絵はしみじみと言った。
「諸橋さん、何着ても似合うねっ」
「……それはどうも」
 そう言えば哲也だって、織絵のパンツルックばかり見ている。今日みたいにスカートなのは初めてだ。
「ねぇねぇどこにいくの?」
「公園」
「公園……?」
 そう言いながら車のドアを開けた哲也に首を傾げながら、織絵はおとなしく乗り込んだ。

 哲也の言う「公園」は、少し離れた町にある河川敷のことだった。時期をはずれているがコスモス畑が満開で、平日だというのに子供連れや近所の幼稚園児でにぎわっている。
 まさかコスモスを見に来た訳じゃないよね……織絵は哲也を見た。
「なんでここに来たの?」
「あそこで、写真展をしてるんだ」
 と展望タワーを指さす。
「写真展?」
「そう、星の写真展。まぁ写真はいいんだけど、そこで星を作れるって言うから、どんなもんかと思って」
「諸橋さん、ほんとに星が好きなんだね」
 織絵は感心したように言った。出かけると言われて普通のデートを期待してなかった訳じゃないけど、やっぱりな、とちょっとだけがっかりした。
 それにしても……星を作るとはどういう意味だろう?
 展望台の中にある小さな展示室には、プロやアマチュアが撮った星の写真が飾られていて、その奥に、小さな暗室が作ってあった。中にはいると、蛍光材だろうか、四方上下に細かい光る星が溢れている。
 人が壁や床に触れると、それに反応して星が生まれるという仕組みになっているのだ。しばらく経つと消えてしまうが、それがまた、星らしくていい。
「すごーい、プラネタリウムみたい」
「……なるほどね、こういうことか」
 この仕組みは、聞いたことがある。写真撮影のシチュエイションとして使われたりする技術だ。
 確かに、自分が触れることで、星が生まれると言えなくもない。
 織絵はおもしろがって、壁や床に触れては新しい星を作り出している。
「こうやって絵を描くと、自分だけの星座も作れちゃうね」
「それ、いいかもしれない」
 すい、と綺麗な細い指で壁をなぞって、哲也が言った。
「子供達にここに入ってもらって、自分の好きなように星座を作ってもらうってのは、どう?」
「わっ!絶対、喜ぶと思う!」
 織絵は手を叩いた。暗闇に慣れてきた目に、彼女の笑顔がはっきり見て取れて、哲也は少しドキドキした。
「これ、写真とか撮れないのかな」
「写真?」
「そしたら、作った星座を残しておけるでしょう?」
「なるほどね」
 哲也はカーテンを開けて、外に出た。一瞬だけ、外の眩しさにハレーションを起こした目をしかめて、事務室へ向かう。
「どうやったらこの設備借りれるか、聞いてくる」
 織絵はそんな彼の背中を、くすくす笑いながら見送った。

 最寄り駅で車を止めてもらって、織絵はにこり、と哲也を見た。
「今日はありがとうございました」
「いや、俺の方こそ、ありがとう」
 それから無造作に、小さな袋を取り出した。
「これ」
「?なんですか?」
「あげる」
 織絵は忙しく瞬きした。
「さっきの展望タワーで売ってたから」
「えっ?いいの?」
「今日付き合って貰ったから、お礼」
「うわぁっ!ありがとうございますっ」
 嬉しそうな織絵の顔に、哲也も少し、表情をほころばせる。
「それじゃあ、おやすみなさーい」
 改札に消える小さな背中を見送って、哲也はアクセルを踏んだ。

 プラネタリウムでは、季節に1回の割合で観測会を開く。
 今年は秋の観測会を流星群観測にしたため、プラネタリウムの職員はその準備で忙しい。
 毎日のんびり遊びに来ていた織絵も、その忙しさに巻き込まれて、雑用の手伝いをすることにした。
「悪いね、小堀さん」
「いーえ、どうせ毎日暇ですし」
 採用試験に受かった織絵は、週1回大学に顔を出せばいいだけだから、本当に暇なのだ。
 きらり、と織絵の耳元で光がはじけて、哲也はそっちを見た。
 小さな星がちりばめられたスウィング型のピアス。この前哲也が、展望タワーで買ったものだ。
 それがそこにあることを確認して、哲也は小さく笑った。

 いよいよ明日は観測会。
 織絵も遅くまで職員に付き合って、準備をしていた。
「小堀さん、もういいよ。ありがとう」
 館長に言われて、織絵は帰り支度をした。
「誰か送ってくといいんだけど、みんな今日は泊まりだから。申し訳ないね」
「いえいえ。一人で危険な時間でもないですから」
 荷物を持って、織絵はくるり、とホールを見回した。哲也たち職員は、奥の事務室で残りの準備をしていて、間接照明がついてるだけのホールはしん、としている。
 明日はもっと忙しい。織絵は観測会に来た子供達の時間つぶしに、ギリシャ神話の読み聞かせをすることになっているのだ。
「さあ帰ろ……あれ?」
 織絵は耳に違和感を感じて、手を当てた。
 ピアスがない。
 慌てて周りを見回すが、ざっと見た感じ、落ちてない。さっきプラネタリウムの掃除で中に入った時、観客席で落としたなら……探すのは並大抵のことじゃない。
「困ったなぁ……」
「小堀さん」
 哲也の声に顔を上げると、彼が左手の平を、水を掬う形に上向きにして近づいて来た。
「これ、落ちてた」
 手の平には、織絵のピアス。
「あっ!ありがとうございます」
 織絵が指を延ばすより先に、哲也がそれを右の指で取り上げた。
「?!」
 当たり前のように、織絵の耳にピアスをつける。
 突然のことに固まっている織絵の頬を、哲也の手が伝って……いきなりキスをされた。
「!!!」
 軽く口唇をなぞるように、だけどゆっくり、楽しむようなキス。
 口唇が離れて真っ赤な織絵を見て、哲也は綺麗に笑った。
「帰り、気をつけて」
 すたすたと、来た時と同じように去っていく哲也を見送って、織絵はしばらく立ちつくしていた。

 観測会当日。
 観測会に参加する人たちは、夕方4時頃からぽつぽつとプラネタリウムに集まってきた。
 金曜日の今回は、近所の子供会と保育園の年長組も、観測会に参加する。
 3時頃に来て準備を手伝っていた織絵は、子供達が集まってくると、ホールを使って読み聞かせを始めた。
「さすが、未来の保育士さん。慣れてるな」
「そうですね」
 館長の言葉に、哲也は相づちを打った。子供と一緒にいる時の織絵はにこにこしていて、本当に子供が好きなんだな、と分かる。
「うちも、子供向けプログラムとか、子供向けの星空講義とかしてみますか」
「ああ、いいねぇ」
 ふと、織絵と目があった。
 かぁっ!と彼女の頬がみるみる染まって、思い切り、目を逸らされる。
 昨日の今日では仕方ないか……哲也は苦笑いした。
 今日、二人はまだ一度も、まともに会話をしてない。

 普通に観測会の後、流星群は午後9時半に始まった。
 子供達の中には、当然ながら流星群を待たずに寝てしまう子が続出で、隣接する宿泊施設へ、次々と運ばれていく。
 織絵も、保育園の先生や父兄を手伝って、子供達を寝かしつける方へかかりきりで、流星群が始まったのは「おおおおーーーーっっ!」という歓声で知った。
 なついてくれた子が、服を掴んだまま解放してくれず、やっと熟睡した彼女の小さな手からフリースの裾を抜き取ると、織絵は宿泊施設を出た。
 3時間ほど降り続くという流星群はまだこれからがピークで、外では高学年の子供達や大人が裸眼や望遠鏡で天体ショーを楽しんでいた。
「小堀さん」
 声をかけられてびくっ、と足を止める。暗闇からゆっくり、哲也が近づいてきた。
「お疲れさま。部外者なのに手伝って貰って、悪かったね」
「あ……いえ」
 空気の堅い織絵に、哲也は少し笑った。
「流星、見た?」
「まだです。子供達寝かしつけてたので」
「そっか」
 哲也は空を見上げた。すい、と一筋の流れ星を見送っている間に、また一筋、星のかけらが空を切り裂く。
 同じように見上げている織絵に視線を落とすと、視線に気づいた織絵が哲也を見た。
 微かに頬を赤らめて俯くのが、いつも元気な彼女らしくなくて、哲也は少し、目を細めた。
「……昨日のこと、気にしてる?」
「あっ当たり前じゃないですかっ。いきなりされたら誰だってっ」
「したかったからしただけなんだけど」
 しれ、と言う哲也を、織絵はまじまじと見た。
「そういうことしない人間だと思ってた?」
「そうじゃないけど……いや、うーん……そうなのかな……?でもだって、諸橋さんあたしのこと……!」
 その言葉を遮るように、哲也の口唇が降りてきて、織絵は一瞬体をのけぞらせそうになった。その肩を強く掴んで、哲也がキスをする。
「……っ……」
 口唇が離れて、織絵は哲也を見上げた。その潤んだ瞳にぞく、としながら、哲也はふい、と視線を空に向けた。
 つられたように、織絵も空を見上げる。
 しばらく空を見上げていた哲也が、口を開いた。
「……今、どこ流れた流星見てた?」
「え?」
 意味が分からず、織絵は首を傾げた。
「例えば、俺が今見てた星と、小堀さんが見てた星は違うかもしれない。それと同じで、君が見てる俺という人間は、本当じゃないかもしれないと思わないか?」
 哲也の視線がゆっくり、織絵に戻ってくる。
「そんなあやふやなものだよ、人を好きになるってことは」
「あたしが諸橋さんを見誤ってるってことですか?」
「少なくとも、小堀さんが知ってる俺は、俺の一部でしかないだろ」
「でも、あたしの目の前に今、諸橋哲也って人がいるのは間違いないじゃないですか」
 織絵は言った。
「星の数ほど人がいる中であたしは諸橋さんに出会って、好きになったんです。ほかの誰でもなく。その事実は間違いじゃないです」
 真っすぐな瞳を哲也は見つめた。真っ直ぐで、いつも眩しくて、見つめられなかった瞳。
 だけどもう逸らさない。哲也は息をついた。
「……おいで、織絵」
 ぐい、と腕を引っ張って、彼女を腕の中に閉じ込める。
「俺を惚れさせたらどうなるか、じっくり教えてやるよ」



なおさまから「天文マニアの男の子にアタックする女の子のお話し」で
「男の子が夜になるとSになる」というリクエストを頂戴しまして、鹿室的に
アレンジしてみたのですが……どうでしょうか?
「夜」つーか、「らぶしーんになるとS」な感じで書いてみました。
今後の展開は……あのまぁ(笑)織絵ちゃん合掌…てことで。
具体的なリクエストをいただいてのSSだったので、今までよりちょびっと楽でした(笑)

なおさん改めまして、これからもよろしくお願いしますー☆

鹿室 明樹 拝

(「惚れさせたらどうなるんデスカ?!」という大人なアナタは、隠しページを探しましょ。このページ内にあります。by.「うらキロ」なお)


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