私の単刀直入なお願いに、彼は黒々とした目を瞬きさせてちょい
っと片眉を上げた。
それからそりゃあすごいと、おどけた風に両肩を一回上下させた。
目の前に座る男は、デスクに無造作に転がったジッポライターを
握って、その蓋を、ごつごつした親指で弾いて鳴らしながらしばし
考えていたようだった。
そして彼のトレードマークのあごひげを空いてる方の手の平で撫で
上げながら、んー、じゃあ週末にでもいっとく? とまるでピクニ
ックに出かけるみたいな気軽さで了承した。
その時私は、やっぱりこの人しか居ないと確信した。
こんな軽い受け流し方が出来るタイプの男性が最も望ましい。
事務所に向かう道すがら、どう言った物か私は散々悩んだ。
『私の処女をもらってください』
……却下。
まるで気があるみたいに聞こえるし、物じゃないんだから。
『私を抱いて下さい』
だめだめ!
ドラマじゃあるまいし、恥ずかしさ増量。
結局無難に、私の初めての人になって頂けませんかに決めて、お
使いの帰り際に切り出した。
「その、つまり。セックスの、なんですけれど。私、まだ体験が無
いんです」
セックス、のくだりで口ごもりそうになりながら、私は努めて事
務的に補足を加えた。
はーなるほど、と彼は上から下まで無遠慮に視線を往復させて、そ
して冒頭の言葉を口にして。
これまたデスクの上に無造作に転がったシルバーのホルダーから名
刺を一枚取り出して、何かを裏に書き留めた。
「これ俺の携帯番号。金曜にでも電話ちょうだい」
「はい、わかりました」
セックスの約束をするために受け取った連絡先を、正しい社会人
的マナーに添って畏まって、両手できちんと押し戴く自分が滑稽で
おかしかった。
けれどそもそも。
一連の自分の行動すべてがもの狂いでおかしいのだから、それは
それでいい。
何と言っても、私は生理的に受け付けない、むしろ好意とは最も
程遠い感情――嫌いに近いと言ってもいい――を抱いている相手を
わざわざ選んで、寝てくれと頼んでいるのだから。
全く本当に、彼は理想に近い対象だと思う。
まかり間違っても、絶対に好きになどならない相手だ。
小水内修平(こみずないしゅうへい)三十八歳独身、正確にはバ
ツイチ。
彼は、私の父の仕事の関係者だ。
私の父は音楽関係に従事している。
公には作曲をしたり、作詞をしたりの自由業。
ただそれで生活していけるほど売れていないので、アイドルの卵に
レッスンを付けたり、音楽教室を主宰して素人さんを教えたりして
いる。
小水内修平の勤めるエージェンシーは、父の様な知名度の低い中
堅の相手を主に顧客にして営業活動を請け負っている、小さな事務
所だ。
就職せずに父親の秘書的な役割におさまった私は、お使いで彼の事
務所にちょくちょく足を運んでいた。
ほ、とひんやりとした初秋の夜風に当たって深い息を吐き出して
私は、うら寂れた雑居ビルをふり仰いだ。
私がさっきまで居た三階の事務所の窓に『小水内エージェンシー』
と書かれた看板が掛かっている。
小水内は小水内でも、社長は彼の別れた奥さんなのだ。
もう別れて相当経つらしいのに、彼は未だに奥さんの事務所で働い
ているのだ。
小水内修平は、いかにも業界人といった軽薄な男だ。
セレクトショップで買ってます風の小じゃれたファッション、たま
に卑猥なジョーク、だらしなく思える、緊張感ゼロの馴れ馴れしい
話口調。
独身貴族ライフを満喫してあちこち遊び歩いている粋人らしいと
いうのが、周囲のもっぱらの評判。
女の子を次から次へとお味見しているのだそうで。
大きなお世話だろうけれど、だったら他の職場に移ればいいのに
と思ってしまう。
離婚した奥さんの事務所に雇ってもらって、彼女の目の前で遊び歩
いているだなんて。
(ヒモみたいよね……悪いけど)
それから、何より受け付けないのは彼ご自慢の「あごひげ」。
口の上とあごにたくわえられたひげは今風に短く刈り込まれていて、
念入な手入れを日々欠かしていないのだろうと思われる。
近頃は若者のファッションとしても浸透しているひげだけれど、私
には清潔感に欠けると思えてならない。
あんな嫌らしい残し方をするなら、サンタクロースのひげの方が余
程好感が持てると感じてしまう。
悪オヤジを気取った言動も風体も、私には不誠実で胡散臭く思え
る。
時々私を「香奈枝お嬢さん」と呼ぶのも、本人は親しみを籠めてる
つもりなのかもしれないけれど、馬鹿にされているみたいで不愉快
だった。
この手のタイプを好きな女の子も多そうだけれど、私はどうして
も彼が好きになれずに、距離を置いていた。
世間話を私から仕掛けたのだって、彼の目を正面から見たのだって、
今日が初めてだと言っていい。
勿論礼儀は守っている、きちんと受け答えもするし、社交辞令を
言ったりお愛想もしている。
そこまでは仕事だから当たり前。
ただ男性としてはマイナスの魅力しか感じない、それだけ。
私の好きなタイプは、スーツがしっくりはまる、きちんとしてい
て知的な男の人。
夏に結婚した、従兄弟の達郎君みたいな清潔感の有る人が好き。
というよりも「達郎君が」好き、だったのだけれど……。
「ちゃんとお泊りの準備もして来た? おやつも持ってきた? で
もバナナはおやつに入らないから、ハイ残念ー」
電話で彼が言った、おやつは五百円までデースの続きなのだろう
と思うけど、このギャグで笑える人が居たらお目にかかりたい。
(さむすぎなんだけど)
私はしょっぱなから白けた気持ちになりながら、一泊分の支度を
詰め込んだトートバッグを玄関に置いた。
鼻歌交じりに軽快に奥に消えたがっちりした後姿を目で追いつつ、
ドアから彼の私室を垣間見る。
(……何、あれ)
きたなっ!
ドアの真正面に位置した壁に、大きな飾り棚もしくは本棚がそび
えたっている。
そこにはぐっちゃぐっちゃに縦横に本が詰め込まれていて、その前
のわずかな隙間に、怪しげなゴミみたいな物が積み上げられて本を
覆い隠そうとしている。
男の一人暮らしなんてこんなものだろうと思いつつ、私はこわご
わと廊下に足を踏み入れた。
怪しいティッシュなんか転がっていないでしょうねと、床を凝視し
ながら進んでリビングに入ったとたん、毛むくじゃらの物体がスネ
にぶつかって来た。
「きゃ!」
不意をつかれて叫び声を上げると、毛むくじゃらがガフガフと唸
りながら私から離れて四足歩行で行ってしまった。
もしかして、犬?
丸いモサ犬は、小水内修平の足に絡み付いてクンクンと鼻を鳴ら
した。
飼い主が部屋の隅に有る簡易キッチンに向かっているから、エサを
おねだりでもしているのかもしれない。
小水内修平は煙草を唇の端に咥えて、グラスに飲み物を注いでい
る。
(うっ、きたねっ!)
振り返った彼の姿を真正面から見て、またもや私は心の中で悲鳴
をあげた。
色褪せたよれっよれの破れたジーンズ、同じくどこか破れててもお
かしく無さそうな薄汚いTシャツ。
硬そうな真っ黒いくせっ毛は寝起きにしか思えない、一房ぴょこん
と跳ね上がっていて、清潔感ゼロ。
地黒で、日本人離れしたくっきり眉毛の濃い顔立ちの小水内修平
は、小奇麗にしてこそまだ見られると言う物で。
これではまるで浮浪者だと、私は情けなくなった。
これが私の初めての男になるとは、何てこと。
(……いやいや)
これでいいのだ、これで。
処女の深情けと言うか言わないかわからないけれど。
もしもまかり間違って、行為後に情が湧くようだと深みにはまる恐
れがあるだろう。
彼なら絶対にその心配は無いだろう、元々が元々だから、それにさ
さやかな情がプラスされた所でさして問題は感じない。
そして私の申し出に対して、ほいほいと喜んで応じるような尻の
軽い男なら。
後腐れの無いいい相手になってくれるに違いない。
「でさ、香奈枝ちゃん」
私にコーラの入ったグラスを手渡しながら、彼は顎で座る様に示
した。
「動機は何」
「……動機、ですか?」
思ったよりも床は清潔みたいだ、私は木の床に膝を寝かせてぺっ
たりと座って、目の前であぐらをかいた彼に聞き返した。
「だから、こんな突拍子も無い事言い出した動機」
手の中におさまったグラスの中の液体を揺らして、私はどう答れ
ばいいのか迷う。
動機は、ある。
あるけどちょっと言いづらい。
「当ててやろうか」
小水内修平は、口の端で短くなったラークを吸い込んで、煙を
勢い良く横に吐き出した。
あー嫌、下品な感じ。
「そうだなー、例えば自己啓発? 私はこれから変わるのよ、勢い
つけるために処女は捨てるわ、とか」
ぎく。
どうしてわかるのだろうか。
「またはそうだな。失恋? 大好きな爽やかなダーリンに振られち
ゃった?」
ぎくぎく。
どこかで見ていたとしか思えない、それとも超能力でも持っている
のだろうかこの小水内修平は。
最近付き合いだしたばかりの彼女と達郎君が電撃結婚してしまっ
てから、私はショックで何も手につかなくなっていた。
子供の頃から本当に大事に心の中で暖めていた想いだったから。
何年も見ていただけで、一体何してたんだろう自分はと歯痒くなっ
て、虚しくなって。
我が身を振り返って、学校を出てから疑問も持たずに親の手伝い
におさまって、テリトリーから全く出ずにぬくぬく暮らしている自
分が嫌になって。
唐突に、はっちゃけてしまいたくなった。
家にこもって事務仕事の単調な毎日で、価値観がガーンと変わる程
の出来事と言ったら、初体験くらいしか思いつかなかった。
世間では、これをやけになったと言うのかもしれないけれど。
ダイジェスト的にこうやってまとめると、何と短絡的な奴と呆れら
れるかもしれないけれど。
これでもあれこれと熟考して、その結果この人を選んだのだ。
(でも、この人の言い方だと、すごく軽くなっちゃって嫌だ)
渋い顔をしてグラスに目を落とした私を覗き込んで、当たり?
やっぱりねーと彼は、得意げな笑みを見せた。
「……何でわかるんですか」
「そりゃあ年の功って奴? 伊達に年喰って無いしなー。香奈枝ち
ゃんみたいな潔癖そうな子が、わざわざ大嫌いなおやじを誘おうっ
てんだから、よっぽど大失恋だったんだろうね」
ぎくぎくぎくぎくぎく。
何で、何でわかるのだろう。
気味が悪いやら焦るやらで、そんなことありません嫌いじゃあり
ませんと小声で呟くのがやっとだった。
「またまたあー。何この男汚らわしい、近づいたら妊娠しちゃうわ
サイアクよっ、って顔してさ。いつも俺の事冷ややかーに見てるだ
ろ」
「……気の、せいじゃ無いかなあ……」
もごもごと言い訳する私を、彼は軽く手を払って受け流した。
まーまーまーまーと、意味の解らない合いの手を入れ、彼はさして
気にした風も無くその話を切り上げて、なあもういいだろと言った。
「何日か時間空けたし、冷静になっただろ。若い子にフケツッって
睨まれるのは俺的にはかなり快感なんだけどー、香奈枝ちゃんは違
うでしょ。嫌な相手と無理にセックスしたって後悔するよ。おじさ
ん無駄と知りつつお決まりの説教垂れちゃうけど、もっと自分を大
事にしたら?」
お決まりだけど至極ごもっとも。
私は彼の正論に対して返す言葉も無く黙り込んだ。
そこに畳み掛けるように、あごひげを撫でながら小水内修平は続け
た。
「大体さ、たかがセックスに過剰な期待しすぎだろ。一発やったか
ら大人の女になれるかもおーって? そりゃねーねー。お子様にあ
りがちな勘違い」
カチーン。
「それと悪いけどさ、俺にも選択肢ってものが欲しいわけ。余りに
思いつめた顔してたからあの時は言えなかったけどな、最初にそれ
を聞いて欲しかったね。香奈枝ちゃんは、若い子だったら何でもい
いんでしょ、アンタ嬉しいでしょ位に思ってたんだろうけどさ。正
直言うと、おじちゃん子供に手出すほど困っちゃ居ないし」
カチーン。
「子供じゃありません、去年成人してますから」
「そう? 自分の事に手一杯で相手が目に入らないあたり、立派に
子供だと思うけど。まー、内輪で気楽なお勤めしてるお嬢さんだか
ら、幼いのはしょうがないな」
簡潔な指摘でもって彼は、ザクザクと的確な所を刺して来た。
そこまで言わなくてもいいじゃないのよと、私は頬にぐっと力を入
れて暴発をこらえた。
(気にしてるのに……!)
私に失礼な点があったのは認めるけれど、そんな言い方しなくて
もいいじゃない。
いつもヘラヘラしてるのに、どうして急にそんなに攻撃的になるの
よ。
「……わかりました。私がいけなかったです、すみませんでした」
「ああ、そう? そりゃ良かった」
私は後ろに置いたトートバッグに手を掛けて、グラスをあおって
一気にコーラを飲み干した。
「小水内さんがご迷惑だとおっしゃるなら、他をあたります」
「他? ……ちょっと待って。まさかとは思うけど」
こんな事もあろうかと、駅前でもらったティッシュを取っておい
て良かった。
今日は新しい下着だし、お泊りの準備もしてあるし、このまま誰か
探すことにしようと私は心に決める。
それまで人の悪そうなニタニタ笑いを浮かべていた小水内修平が、
急に慌てだして私の二の腕を掴んだ。
「香奈枝ちゃんもしかして、怪しい所で相手を探すつもりじゃ」
「そうですよ。でも別にいいじゃないですか。たかがセックスなん
でしょ。だったら、誰だっていいじゃない」
しまったやりすぎたかと、彼が舌打ちとセットで言うのは耳に入
ったけれど、その時頭に血が昇っていた私の脳には届かなかった。
「冷静に冷静に、まずは深呼吸でもスーハーと」
「冷静です。小水内さんのおっしゃった事は飲み込めました」
「飲み込めて無いだろーが、おいおい行くなっ」
去ろうとする私と、それを引きとめようとする彼とで、しばし床
の上で揉み合いになった。
私は二の腕を激しく振って拘束から逃れようとしながら、彼をきっ
と睨んだ。
「子供で悪かったですね、でも好きだったんだから!」
まぶたの裏に焼きついた幸福そうな花嫁姿を思い出すたびに、自
身を変える何かをしなければならないと、彼らには関係無い話だけ
れど、自分も彼らに負けないように進まなければならないと。
そう思い詰めるほど、私は達郎君が好きだったし、彼の結婚が辛か
ったのだ。
ずーっと意思表示していたつもりだったのに、全く女として意識
してもらえてなかった。
それが私をとても傷つけていた。
「馬鹿みたいだけど、私にとってこれは必要なんです。こうしたら
変われるって気がするんです。気のせいでも、何もしないよりいい
いでしょう。そういう事って誰でも普通にあるでしょ」
「ええええっ? いや普通に無いだろ」
「嘘。小水内さんだって、スロット行く前は豚の貯金箱に五円を入
れると勝てる気がするんだよなー、ってこないだ言ってたでしょ」
「良く聞いてるな……って、いやいや。それは単なるジンクスだし。
これとは問題が別だし」
「一緒です、本人がそう思うんだからそれでいいの。放っておいて
ください!」
後になって彼が言うには。
私がムッキー! と絶叫したせいで耳がきーんと痛んだそうだけれ
ど、それは大げさに過ぎるんじゃ無いかと思う。
なんつう思い込みの激しい子だ、と彼は恐れて。
これを放り出したらそれこそまずいと、肚をくくったと言うけれど、
人を鉄砲玉みたいに言わないで頂きたいです。
「まさか、キスも初めてとか」
その場で組み敷かれて、固い床の上でぼーっとされるがままにな
っていた私を見下ろして、彼がそう問いかけた。
「違います、けどちょっと緊張してて」
彼が腿の側面をさわさわと柔らかく撫で上げながら、大丈夫大丈
夫と、なだめるみたいにそう言った。
「めちゃくちゃ優しくしてあげるからね。安心しておじさんに任せ
なさーい」
「その言い方いやらしいです。あのですね」
その先を彼の唇が封じ込めた。
全く口が減らない、と軽く合わせたままの状態で彼が、私の饒舌を
たしなめる。
「こういう時はベラベラ話さないこと、白けるから」
「はいわかりました。黙って小水内さんに全部お任せします」
途端に彼が体を起こして、心底嫌そうな表情で見下ろした。
……何?
「萎える」
「は?」
「事務的な口調で、小水内さんとか言わないで」
それが癖なのか彼は、あごひげを指先でじりじりなぞりながら、
眉を顰めた。
「例えば俺が十七の時に失敗してたら、香奈枝ちゃんと同じ年の娘
が居る計算になるんだよなー。それだけで犯罪に思えてやる気が失
せそうなんだよ。頼むからもうちょっとムード出して行こうよ」
「じゃあ、どう呼べばいいですか」
「修平ちゃーんとか、修平くーんとか、そんなのはどうよ」
(きもっ!)
ヒゲ男捕まえて修平ちゃーんも無いものだ、私は飲み屋のお姉さ
んか。
しかもどうして語尾を伸ばさなきゃならないのだろうか。
「……じゃあ。修平、さん、で、いいですか」
「あっ」
ひげを撫でていた指をひょいと私に向けて、彼は。
……修平、さん、は。
妙な含み笑いを浮かべて、すげえ照れてるだろうと私を差した。
初々しいなあいいよなあと何故か楽しそうにしながら、ちょんちょ
んとキスを落とす。
ちく。
何とも言えない剛毛のじょりじょり感に、私はついポロリとこぼ
してしまった。
「ひげが痛いんですけど……」
「え、痛いの?」
そう言われても、困ったなあ。
これがいいとこに当たって気持ちいいってご意見多数なんだけど、
と修平さんは、ご自慢のひげを手のひら全体でさすった。
き、気持ちいいって……いいとこに当たってって……。
ちょっと、初心者の私に言われても、刺激が強すぎて。
そんな赤裸々な話をされると、さすがに困ってしまう。
「あー、いいねー。恥じらってる顔はアタシ大好きよ」
その時の私がどんな顔をしていたのかは、わからないけれど。
何故かオネエ言葉になりながら修平さんは満足そうに、まぶたと平
行にはっきり窪みが出来た、二重の目を細めた。
前からちら見しては、インドの人に居そうな、カレーを思い出しそ
うな目だなと思ってはいたのだけれど。
至近距離で見て初めて、目尻が垂れているのだなあと知った。
そんなことさえも知らなかった相手とこれから濡れ場だなんて、
いいのだろうかと心が揺れたのだけれど。
やめたかったらいつでもどうぞご遠慮なくねと、いかにも場慣れし
たリラックスした表情で修平さんが言うものだから。
そうか、いつでもやめてもらえるならもうちょっと新しい世界を覗
いてみようかしらと、私は好奇心の声に負けた。
その、何となく。
こういう遊んでそうな、一般的に格好いいと言われているかもしれ
ない大人の男の人なら、ものすごく上手なのかもしれないとか。
だとするとどんな素晴らしいテクを使うのだろうかとか、そんなは
したない「好奇心」のささやきに、耳を傾けてしまったのだ。
そういう妙な期待を抱かせる胡散臭さや、のらりくらりとした得
体の知れなさをこの男性は身にまとっている、と思う。
ある種の女性達が、この手の雰囲気に惹きつけられるのはわからな
いでも無い、かもしれない、とも思う。
私には理解しがたいけれども、きっとそういう所が彼の魅力なの
だろう。
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