目覚めて、腕を伸ばす。
イフリア帝国、皇帝のレイドイーグ・エトル・ゼス・イフリアはその朝、最初から 何か がおかしいと気づいていた。
昨夜、いつものように愛すだけ愛した 存在 が腕の中にいない。
――それだけで、十分だ。
「……ツェム?」
呼べば、気遣うような少し頼りなげな声がいつだって答えた。
しかし。
『おはようございます、レイド』
と。
目を開ければ、優しい色の青の瞳が彼を覗き込む。あの朝日を遮る華奢で愛しい影が今はなかった。
「やはり、怒っていたか」
昨日の出来事の一連を思い返して、嘆息する。
控えめな彼の第二妃と言えど、おいそれと あれ を許しはしないだろう。とは言え、昨夜はレイドイーグの持ち前の強引さで流され、彼を拒むことはしなかった。
ツゥエミール・ラ・ストリミアは従順だが、時々ひどく可愛い抵抗をしてみせる。
彼女が怒るのも無理はないだろう……とレイドイーグは考え、くつくつと堪らず笑ってしまった。
天蓋付きの寝台、その横に備え付けられたチェストに置かれた白金製の結婚指輪。
朝日に輝く それ が彼女の想いを代弁するかのように儚く気弱に瞬いた。
*** ***
眩い金髪の王の手にある小さなものに、その朝、定例の会議に集まった大臣卿の面々は訝〔いぶか〕しんだ。けれど、簡単に口にするにはいささかの勇気が必要だった……本日の連絡事項、及び承認がほどなく終わり解散の合図がかかる。
「……皇帝陛下」
みながその大臣卿の勇気に拍手喝采した。もちろん、心の中で。
「なんだ?」
おずおずと口を開いた内務卿の人のよさそうな顔にレイドイーグが冷ややかに澄んだ青の瞳を向ける。
その王の表情はどうやら不機嫌を宿したものではなく、どちらかと言えばその反対のもののようだった。
(助かった……)
と、内務卿は人知れず慈悲深い神に感激した。胸の前で両手を合わせ、指を組む。
「それは、何ですか?」
ホッとした表情の彼に眉間にシワを寄せてレイドイーグは、手にある それ に目を向けた。
「 指輪 だな」
と、口の端を上げる。
「………」
いや、それは見れば分かる――とは、上機嫌(そう)な王に彼らは 誰も ツッコまなかった。だって、命は大事だ。大切にしないといけない。
わざわざ主君の機嫌を損ねる真似などできようハズがないではないか!
「はぁ」
玉座の間に響くのは、情けないため息ばかりだ。
「結婚指輪だ」と、笑った王の態度に誰もが察しをつけた。あまり己の感情を簡単には表さない皇帝が素直に 笑う のは、彼女が相手の時だけだ。
(第二妃様か……しかし、なぜ? 指輪?)
分かりやすいのに、解かりにくい。王〔かれ〕らしい、と言えば王〔かれ〕らしいが――。
「ツェムが コレ を置いていなくなった」
「 なっ! 」
上機嫌な表情のままのレイドイーグの 爆弾 発言に、大臣卿たちは目を剥いて騒然となった。
勿論、コレ自体はめずらしいことではない。
「そ、それは……」
「騒ぐな」
「し、しかし……陛下」
「黙れ」
「何をしたんですかっ?」
「ふん、聞きたいのか?」
さも可笑しいと目を細めた王に、大臣卿は思わずゾッとしてそれぞれの首を横に振った。
( 皇帝陛下が、面白がっている! )
下手をすると外交問題だが、精神衛生上、聞いたあとのほうがイロイロとよくない 状況 になりそうだ。長い付き合いの中で、彼らは それ を よく 知っている。
「なら、無視しろ。それが正しい」
玉座に座って、凶悪に微笑んだ(ように大臣卿たちには見えた)レイドイーグが頬杖をつく。
「……仰せのままに」
幸か不幸か。
定例会議のため、唯一意見を差し挟めただろうガリアゲイド医学卿はこの席に 不在 だった。
レイドイーグが一日の公務から戻った時、すでに部屋に彼女は戻っていた。
背筋を伸ばして、まっすぐに彼を見ると微笑んだ。灰色に近い銀髪が、肩を滑り落ちる。
「お帰りなさいませ、レイド」
「早かったな」
「え?」
夕闇の中、彼女は王の呟きに不思議そうな表情をして腕を捕まれたことにくすんだ青の瞳を見開く。
「レイド?」
「どこに行っていた? 怒っているなら、もう少し姿をくらますかと思ったが?」
予想よりも早く戻ったことに、彼は いたく ご不満らしい。ツゥエミールは上目遣いで睨むと、「貴方のせいです」と顔を背けて恨み言を口にした。
「どういう意味だ? 答えろ、ツェム」
腕を掴んだかと思えば、早急に彼女の腰を抱きかかえ胸元をくつろがせた。
顎を持ち上げて、否応なく唇を重ねて舌を絡ませてくる。
「どう……って、ん、んっ!」
唾液がまじりあい、溢れて、息絶え絶えに嚥下する。
苦しげに上下する胸元から慎ましい妃〔ひめ〕のふくらみをすくいだし、レイドイーグは掌中に難なくおさめた。
起き上がりはじめたばかりの、若い蕾をなぞる。
「あ、ぃやっ!」
あっ、という間に胸の先に吸い付いてきた王に、ツゥエミールは慌て押しのけようとポカポカと叩いてみたり、金色の髪に腕を伸ばして突き放したりと試みる。が、力の差は歴然でこういう場合、彼を退けるのは至難のワザだと彼女は知っている。
ベッドに押し倒され、ドレスの裾から入った大きな手のひらが太腿を撫でる。
「あ……」
足の付け根までやってきた指先に入り口を探られ、奥を焚きつけられれば下着も散り散りに破られた。
「あ、あ、ああっ」
晒された足が男を受け入れるために勝手に開いていく。
そこは茂みの狭間、見事にほころぶ花園が震える。
女の愛蜜がゆっくりと花弁に滴った。
「ツェム、入れるぞ」
「アっ……あ。レイド、こんな……やッ、ダメ――」
シーツを掴んで、熟していく下半身に目を閉じて首を振る。
服を脱がないままにひとつになった。
答えろ、と言いながら、その暇も与えずに深いところにやってきて、太く逞しいもので激しく心を揺さぶる王を、好きだと思い知る。
こんなふうに、乱暴に、滅茶苦茶に壊されても、愛しさで胸が締めつけられた。
息が、苦しくて、たまらなく、恋しくなる。この男〔ひと〕の、何もかも。
「ツェム、そんなに……締めるな」
「だって」
「中に出したくなる」
夫婦なら、ましてや一度子どもを産んでいる妃相手の言葉とは思えなかった。
「ずっと、そばにいろ」
背中から肩に唇を這わせて、囁く束縛の言葉。
「……ずるい」
と、ツゥエミールは弱々しく抵抗した。
泣きたい。けれど、嬉しい。
もっと、もっと。
逃れようもないほどに、貴方に縛りつけてくれたなら……。
彼女が戻ったのは、大臣卿の面々から直々に頭を下げられたからだ。どこで、どうやって知れたのか、彼らはそれぞれの方法でツゥエミールの居場所を探し当て、どうか戻るようにと入れかわり立ちかわっては彼女に頼みこんだ。
内務卿などは土下座をして、額を地につけそうな勢いで拝んだものだから、本当はもう少し戻るつもりはなかったのだが彼らに迷惑がかかるのでは仕方がない。
胸を弄ぶ大きな手を止めようとツゥエミールは脇を締め、力を込めて胸を押さえている。けれど、レイドイーグのやらしく動く腰は抑えようもなく従うしかない。
王の手が妃のほっそりとした左手を取って、薬指に指輪を嵌める。
「わたし、怒ってるんですよ? レイド」
「ああ、そうだな。解かってる」
「……解かってません。それは 嘘 です」
「 嘘じゃあないさ 」
支配者である彼がキッパリと言い切るなら、伴侶の彼女はそうなのだろうと受け入れるしかない。
指先に王の唇を感じて振り仰げば、勝ち誇ったような微笑みが「許してよ」と謝った。
|