ニコニコとガリアゲイド医学卿はにこやかにその事実を告げた。
もちろん、喜ばしいこと……には違いない。と、皇帝と医学卿が対峙する後ろで控えていた彼らも、思う。
そう、もちろん喜ばしい ハズ である――たぶん。
皇帝の正妃である、ルーヴェが懐妊されたというのだから。
冷ややかな青の瞳を、眩〔まばゆ〕い金髪の向こうで細めたイフリア帝国皇帝・レイドイーグはふんと鼻を鳴らした。
その眼差しは、感動するでもなく事実に対して「記憶した」という程度の反応を示し、それ以上何も知りたいとは思わなかったらしい。
「わかった、おまえに任せる。ガリアゲイド」
皇帝の命令に、頭を垂れて御意を示すとガリアゲイドは「ああ」と付け足すように告げた。
「このこと、ツゥエミールさまには」
「 言うな 」
言い終わらないうちに、遮られてガリアゲイドは苦笑した。
「いえ、もう、教えてしまいました」
( ! )
さて、慌てたのは後ろに控えていた老練な大臣卿たちである。
彼らの場所からでも、皇帝の恐ろしく冷えた青の瞳が鋭く光ったのが分かった。
(医学卿……なんという、ことを――)
皇帝と年近い、大臣卿の中でも怖いもの知らずの若さを持つ彼を心中で静かに嗜〔たしな〕めつつも、その一番の肝っ玉を羨ましいと思う。
この皇帝と、躊躇〔ためら〕いもなく話すことができるのは最早、大臣卿の中では 彼 だけだった。
「 なんだって? 」
「ですから、ちょうど正妃殿下の診察を終えたあとに鉢合わせしてしまいまして……ツゥエミールさまが姉妃殿下を気遣ってらしたのは、ご存知でしょう? 中に入ることはありませんが、頻繁に来ていらっしゃるようで……ですから、そこで」
ちっ、と隠すことなくレイドイーグは不機嫌な舌打ちをして、「いつ?」と問いただす。
「昨日の、昼すぎだったでしょうか? 昨夜、妃殿下は何も?」
意外そうに言って、ガリアゲイドは半分分かった上で確認する。
果たして、レイドイーグはその唇に皮肉げな笑みを浮かべて、肯定した。
「ああ、言わなかったな。一言も――そして、私は気づかなかった」
あまりにいつも通り、彼女は抱かれていたから。
優しくはないキスを受け入れ、皇帝の要求に健気に応えようとする姿勢も、必死の眼差しも嘘を秘めていなかった。
「なかなかやるようになられましたね、妃殿下も」
ガリアゲイドの楽しげな顔を睨み、レイドイーグは「まあな」と面白くなさそうに それ を認めた。
*** ***
謀〔たばか〕るつもりで、ツゥエミールが 姉妃の懐妊 を黙っていたワケではないことくらい、レイドイーグは百も承知だった。
「なぜ、黙っていた?」
ベッドの上に押し倒されたツゥエミールは乱れた格好のまま……今しがた繋がりあい、現在進行形で脈打つ彼を受け入れてビクリと反応した。
締めつけてくる彼女を適当にいたぶって、レイドイーグは間近に抱き寄せ、さらに攻め立てる。
ツゥエミールは悲しそうに目を潤ませて、苦しげに首を振った。
「だって……あっ、レイド……こんなの、ひどい」
ツゥエミールは、皇帝の仕打ちを非難する。
それは、姉妃に子どもができたことに対してではなく、現在の状況に対してだった。
レイドイーグにしては、中途半端な緩慢な攻め。
これでは、焚きつけるだけ焚きつけて放置されているのと同じだった。
「ひどい? 何がどうひどいのか、正確に口にしろ。ツェム」
「……う、ん。いや……そんなこと、できな……あっ!」
真っ赤になって、抗い、攻められ、放置されるとたまらなくてツゥエミールは泣きそうになった。
唇を噛んで、耐える。
「ツゥエミール」
涙がこぼれ、濡れた頬を皇帝の大きな手で拭われて、ツゥエミールはギュッと閉じていた目を開く。
そこには、冷ややかに澄んだ青の瞳がすぐそばにあって、目の前の彼女を映していた。
「 言え 」
容赦のない彼の命令に、抗うことなど 彼女 にはできなかった。
震える声で、お願いする。
「奥まで来て。激しくシテ、メチャクチャにかきまぜて……」
「そうしないと、イケないのか?」
真っ赤に熟れたまま、ツゥエミールはこくんと頷いた。
それだけでは満足しない皇帝は無言で促し、彼女を辱める。
「……イケません。このままじゃ……わたし、イケないの、もう」
羞恥に頭が働かない。
無我夢中で懇願するくすんだ青の瞳に、レイドイーグは彼女の細い身体を持ち上げて自分の上に跨らせた。
「あんっ!」
それだけで、ツゥエミールはたまらない声を上げて背中を反らせた。
繋がった場所が大きく広げられて、浅かった繋がりが深く、先ほどの比ではない刺激がまったくべつのところに生まれる。
下から緩やかに突き上げれば、彼女の身体が自ら動いて彼を求めた。
「やらしい動きをするようになったな。ツェム」
「あっ、あ……もう、はぁ、はぁ……レイド」
すがりついて、ツゥエミールは頬を染めたまま、必死に動いた。
皇帝の手が、彼女の胸を包む。もう片方の手は彼女の腰を撫で、そのまま下にラインをなぞって滑っていく。
「身体もやらしくなった」
「あん! や……ぁ」
尖った胸の先を強く捻りあげられて、痛みと快感にツゥエミールの身は天に昇り、意識が飛びそうになる。
必死に堪えて、弁明する。
「あなたのためです。レイド……あなたが欲しいから。身体が啼くの……姉上さまのこと、黙っていたのはあなたに抱かれたかった、安心したかった、ココが一番心地いい場所だから……それだけなんです」
ほろほろ、と泣くツゥエミールの涙がレイドイーグの胸を濡らした。
姉の懐妊を素直に喜ぶことができなかった。
そんな自分を、知られたくない――。
「あさはかな女です、わたしは……」
くっ、とレイドイーグは笑って、彼女の膝を押し広げると激しく突き上げた。
可哀想に追いつめられていた彼女はあっけなく、小さな悲鳴とともに彼の上に裸の身体を落とした。
( あさはかな女、か―― )
身体の上に彼女を乗せたまま、その裸の背中に指を滑らせてレイドイーグは苦笑いした。
(それを言うなら、俺はあさはかな男だな)
ルーヴェのことを聞いて、何も言ってこなかったツゥエミールに腹が立った。
嫉妬して欲しかった……と言えば、我ながら子供〔ガキ〕じみた感情だと思うが、制御〔コントロール〕できるような甘ったれた愛情では、足りないのだ。
「 俺にとっては、ずっとそうだった 」
灰色に近い地味な色の銀髪を指で梳いて、安らかな寝息をたてる彼女にホッとする。
だから。
ここが一番、心安らぐ場所――おまえにとってもそうであるように、と本当は願っている。
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