夕闇を忍ばせた陽がルーヴェの寝室に射しこむ頃、奥の扉がカタリと開いた。
寝台に腰を下ろした格好で、衣服をぞんざいに纏った皇帝はそこから姿を現した黒騎士に言った。
「 そこにいるのか? 」
動揺もなく確かめる。
軽装備の黒騎士は、膝を折り頭〔こうべ〕を几帳面に垂れる。
「お察しの通りに――皇帝陛下」
彼のまっすぐな目は、レイドイーグの肩を通り越してその向こう側にある裸の正妃の背中に注がれた。
「この妃〔女〕が気になるか?」
それは、凶悪な笑顔で告げる。
「二度と、こんな悪ふざけをする気にはならないだろう――ルーヴェ?」
「 ――― 」
背を向けたまま、ルーヴェの肩はピクリと震えた。
肩をすくめ、レイドイーグは黙したままの黒騎士に向き直ってその奥を見据える。
「ツゥエミールは返してもらうぞ。私の妃であるとともに、――息子の母でもある。大事な 女 だ」
寝台から立ち上がり、朱色のマントを肩に引っ掛けた格好で黒騎士の横を通り過ぎようとする。
「……お訊きにならないんですね?」
「………」
膝を折ったまま、黒騎士は静かに皇帝へと問うた。
レイドイーグはそんな彼を一瞥して、素っ気なく吐き出した。
「訊いてどうする。見れば、分かることだ」
「………」
黒騎士は沈黙し、レイドイーグは通り過ぎた。
「おまえの処遇については、ツゥエミールを見てから決める……覚悟しておけ、ラウィード」
低く、冷ややかなその怒りは黒騎士にだけ届くように響く。
「 御意 」
応えて、彼もまた皇帝だけに届くように深々と礼をとった。
レイドイーグが部屋に入ると、ツゥエミールははだけた格好で両耳を塞ぎ、寝台の片隅でふるえていた。
寝台に乗り、その両腕をとる。
と、思いっきり拒否された。
「ツゥエミール?」
ハッ、とくすんだ青の瞳は潤んで、赤くなっている。
「やっ!」
有無を言わさずに引き寄せられそうになって、ツゥエミールはまたもレイドイーグの腕を払いのけようとする。
くすくすと笑う皇帝に、泣きはらした目のツゥエミールは恨みがましくその男の胸を叩く。
変に乱れているその合わせ目が、ツゥエミールにはつらい。
「聞いていたのか?」
さも知っていたとばかりの悪意のない問い。
まるで、―――。
ツゥエミールは先ほどまでの彼と姉との情事を壁を隔てたこの部屋で聞いていた。
もちろん聞きたくて聞いたワケではなく、ルーヴェの仕打ちであるのだが。
声は出なかった。
「ひどい、知っていたなんて……それで、わざとわたしに聞かせたんですかっ」
ポカポカと叩いて、泣きはらした顔を背ける。
ふっと首筋に息がかかり、「ひやっ」と仰け反る。
「おまえこそ、コレはなんだ?」
と、彼が指し示したのはツゥエミールの首筋から鎖骨にかけての赤い虫さされのような痕〔あと〕。
目ざとい彼はさらにツゥエミールを組み敷いて、その脚を持ち上げた。
露になった内腿にも同じ痕がある。
「こんなところにまで……触れられたか」
「ち、ちがっ! ちがいます。何もされてませんっ」
真っ赤になって、ツゥエミールは否定して持ち上げられた脚を慌てて閉じる。
「何も?」
疑わしい、と寝台に仰向けに転がした彼女をレイドイーグは見下ろした。
「ココやこんなところにも痕をつけられておいて、「何も」っていうのはどうだ?」
「う……で、でも。レイドにはそんなこと咎められたくない。わ、わたしは。これでも、頑張って抵抗したのに……なのに。姉上様と――」
「ああ、寝たこと?」
あけすけな態度に、ツゥエミールの方が赤くなる。
さきほどのことを考えるだけで、泣きそうになって胸が苦しかった。
「そ、そうよ。……わたしは。本当にコレ以外は何もされてないんですから」
くっくっくっ、と笑うレイドイーグに彼女は小さな声で抗議した。
「 だ、だから。レイドに責められることじゃ、ない。 」
ぷい、とそっぽを向くツゥエミールに、笑いを閉じこめたレイドイーグが一転、真顔で彼女の脚を撫であげ露にする。
「ふーん、まあ……コレ以外、何もされてないのは信じることにするが。ツゥエミール?」
覗きこむ冷ややかな青の炎が、盛る。
「な、なに?」
「俺の想いを甘くみるなよ、コレだけでも逆上しそうなんだから……」
と、言ってこともあろうに内腿の痕にキス・マークを重ねるから、ツゥエミールは青くなった。
「やっ、いやだ! ヤダヤダ!!」
「なんで?」
なんでって、なんでって!
ぱくぱく、と口を開閉してツゥエミールは情けなくなった。
「あ、姉上様にふれた手でさわって欲しくない! 今だけは。やめてっ……おねがい」
「 イ・ヤ・だ 」
必死の訴えもむなしく、レイドイーグは泣き叫ぶ彼女に触れた。
ひとひら、一片〔ひとひら〕執拗に塗りかえる。
「俺もイヤなんだ、今じゃないと……嫉妬で狂いそうになる。それに――」
ポカポカと叩いて抵抗するツゥエミールの手首をとって、その指先にキスをする。
「安心してよ」
極上の笑みとともに、皇帝の卑怯な告白。
「 アレはツェムとして、抱いたんだから 」
to be...
しなやかに強く。2-3 に続く
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