嫌い。
本当は、嫌いだったの。何もかも――。
あなたに、出逢うまでは。
*** ***
イフリアの皇帝・レイドイーグの二人の妃について、当初噂されたのは正妃の「美しさ」と第二妃の「謎」だった。
二人の妃は、双子で……それだけでも格好の話ではあるのだが、さらに噂を盛り立てたのは皇帝の「寵愛」を受けるのが、妹の第二妃だったという事実。
「美しい」正妃よりも、選ばれた姫というのに誰もが注目した。
しかし、公の場に姿を現す彼女は――影の薄い、本当に地味な妃だった。
銀髪で青い瞳という素材は同じでありながら、その質がまったく姉のそれとはちがっていた。鈍く輝く銀髪は、銀というよりむしろ灰色に近く、青い瞳はくすんでいる。
皇帝のそばに立ち、静かに微笑んでいるさまは、ただそれだけで誰の目にも止まらない。
同じようにしていても正妃である姉の方は、眩〔まばゆ〕いほどの存在感を放っているというのに……妹にはまったくそれがなかった。
唯一、彼女の華が見えるのは皇帝に見せるほんの少しの微笑の変化の時くらいで、それも皇帝の持つ輝きに霞むほどのささやかな華。
もちろん、それは正妃である姉に気遣っての礼儀だったのかもしれない。
長い間。
同じストリミアの姫という立場にありながら、才色兼備な双子の姉に従い隠れていた彼女は その姉 から疎まれるという現実に戸惑い、慣れない立場の逆転に時々泣きそうな顔をした。
けれど、それでは「皇帝妃」としていささか心もとない。
大臣卿の目からすれば、「気弱すぎる」と辛辣な苦言を呈すこともしばしばで、そのたびに人の気の知らない皇帝に鼻先で笑われた。
大臣卿の心配をよそに、気弱な第二妃がいつまで皇帝の寵愛を受け続けられるか? などという下賎な賭けが社交界で流行をはじめた頃、彼女の懐妊が発表される。
妊娠三ヶ月。
それは、正妃・ルーヴェの「妃公示」から三ヶ月目の話――。
懐妊からすぐに社交界を遠ざかった第二妃・ツゥエミールが次に話題に上ったのは「臨月」間近の頃。
階段からの落下。
流産も危ぶまれた事故だったが、無事皇子を出産する。
その後、イフリア王宮内ではちいさな「事故」の話がいくつか届くようになる。
六年後。
憤りと焦燥。双方をふくんだ鋭い足音が、午後の王宮南館に響く。
「ルーヴェ!」
扉を叩きつけると、殺気を帯びた皇帝・レイドイーグが部屋の主〔あるじ〕を睨みつけた。
冷ややかな青き炎。
戦場でそう畏怖をこめて呼ばれる瞳に見据えられ、正妃は艶然と笑った。
ゆっくりと腰を下ろしていた椅子から立ち、膝を折る。
眩い銀の髪に、深い青の瞳が外からの淡い日差しを浴びて、美しく輝く。
「――ようこそ、皇帝陛下。
めずらしいこともおありですのね……てっきり今夜も妹のところへ行くと存じてましたわ。わたしの部屋に入るなんて初めてではなくて?」
レイドイーグはわずかに顔をゆがめて、ふんと意に介さない仕草でまっすぐに彼女を見下ろした。
さすがに初めてではない。が、当たらずも遠からずというところである。
「御託はいい。――おまえだろう? ルーヴェ」
「 あら? 」
にっこりと笑うしたり顔。
「何のことでしょう?」
ルーヴェに、静かな声が有無を言わさずに問いつめた。
「――ツェムをどこにやった?」
自分が来るだろうことを予測していた正妃を、皇帝は「犯人」だと確信していた。
そして、おそらく 彼女自身 隠す気はさらさらないのだ。
(嫌な予感はしてたんだ。この高飛車な女のことだ……いつかこんな日が来るだろうと、な)
猿轡〔さるぐつわ〕を噛まされて、両腕と両足を縛られたツゥエミールはここまで彼女を連れ去ってきた黒騎士に目を向ける。
怖い。
そう思う心は、彼女の目に涙を浮かべさせた。
けれど、反面この黒騎士の物静かな佇まいが思わず緊張を解いてしまいそうになるほどに安心する。
「 妃殿下 」
縛られた腕を黒騎士に捕られて、間近で眼差しを受ける。
生真面目な目が、空恐ろしく静かに告げた。
「正妃殿下よりの命令でございます。我慢ください――」
「んっ、んーっ!」
服の下にしのばされた彼の手が、ツゥエミールの内腿を触れる。
( いや――― )
くすんだ青色の瞳から、澄んだ涙が滲〔にじ〕み頬を流れる。
( たすけて、レイド―――! )
to be...
しなやかに強く。2-1 に続く
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